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かくぎょうほうしんのう かくぎやうほふしんわう 【覚行法親王】



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覚行法親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/27 23:57 UTC 版)

覚行法親王(かくぎょうほっしんのう、承保2年(1075年)4月 - 長治2年11月18日1105年12月26日))は、平安時代中期から後期にかけての皇族白河天皇の第二皇子。母は藤原経平の娘経子。覚念・中御室とも称される。真言宗仁和寺の第3世門跡


  1. ^ この時の模様は大江匡房及び氏名不詳の2種類の『中御室御灌頂記』によって知ることが可能である。
  2. ^中右記』承徳2年7月21日条初出。
  3. ^ 出家後の皇子に親王宣下することについて、関白藤原師通前例がないとして反対したが、白河法皇が「内親王といふこともあれば、法親王もなどかなからむ」と言って強行したという逸話がある(『今鏡』326段)。


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