蝶
『朝顔の露の宮』(御伽草子) 朝顔の上と露の宮を葬った塚の内から若君1人が出生するが、父母なくしては育つこともかなわず、露と消える。その魂は胡蝶と化して花々に戯れ、「父よ母よ」と明け暮れ嘆いた。
『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第2章の9 「私」の姉は昭和63年(1988)に死去した。姉は、国連に勤務する人の妻で、ウィーンの外交官夫人のような美しい姿のまま、亡くなった。火葬後、お寺の庭でお経をあげていた時、姉の息子が持つ花束の中から、黒いアゲハ蝶が飛び立った。30人ほどがその場にいたが、蝶を見たのは3~4人だった(栃木県)。
『蝶』(小泉八雲『怪談』) 高浜青年の婚約者アキコは、婚礼直前に肺病で死んだ。高浜はアキコの墓の隣地に家を建てて住み、一生独身をとおす。数十年後、年老い臨終の床についた高浜の部屋へ、大きな白い蝶が舞いこむ。看病していた甥が追い払うと、蝶はアキコの墓石の前まで飛んで姿を消す。蝶はアキコの魂であった。
『発心集』巻1-8 大江佐国は生前花を愛し、「他生にもまた花を愛する人たらん」の詩を作った。死後ある人の夢に、「佐国は蝶になった」と見えたので、佐国の子は前栽の花を手入れし、集まる蝶の世話をした。
*女が蝶に生まれ変わる→〔一妻多夫〕2の『ちょうと三つの石』(小川未明)。
『狗張子』(釈了意)巻5-5「宥快法師、柳岡孫四郎に愛着して毛虫となること」 宥快法師は美少年孫四郎との仲を、孫四郎の父甚五郎に裂かれたため、怒って絶食死し、孫四郎をも取り殺した。宥快の亡魂は、無数の毛虫となって甚五郎の家に湧き出、日を経て蝶になり、群がり飛んだ。
*死体に多くの蛆がわき、それが何千もの蝶になる→〔虫〕2cの蝶化身(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)。
★3.夢を見る人と蝶。
『安芸之助の夢』(小泉八雲『怪談』) 夏の午後、安芸之助は庭の杉の木の下で、「常世の国王の婿となって23年を過ごす」との夢を見る。2人の友が、うたた寝をする安芸之助の顔の上を1匹の蝶が飛び、それが蟻によって木の下の穴へひきずりこまれる有様を見る。木の下には蟻の国があった〔*原拠である『南柯大守伝』(唐・李公佐)には、蝶は出てこない〕。
『荘子』「斉物論篇」第2 昔、荘周(=荘子)は、夢で胡蝶となった。楽しく飛びまわって、自らが荘周であることを忘れたが、ふと目覚めて見ると自分は、まぎれもなく荘周である。これは、荘周が蝶になった夢を見たのだろうか。それとも今、蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。
*「『われわれ=夢』かもしれないことを示唆するのに、もっともぴったりした言葉『蝶』を、荘子は選んだのだ」とボルヘスは言う。「『荘子は虎になった夢を見た』とか、『タイピストになった夢を見た』とか、『鯨になった夢を見た』では、ナンセンスであり、的はずれであろう(『詩という仕事について』2「隠喩」)」。
*「私」は人なのか石なのか→〔石〕15の『ユング自伝』1「幼年時代」。
『七話集』(稲垣足穂)5「荘子が壺を見失った話」 路ばたの青い壺に見覚えがあるので、荘子は「昔、夢の中で見た壺か、それとも友達の家にあった壺か」と、思い出そうとする。その時、壺の中から白い蝶が1つ、ひらひらと飛び出して行った。しばらくして荘子はそれに気づいたが、蝶も壺もどこへ行ったのか見当たらなかった。
★4.人の死と蝶。
『西部戦線異状なし』(マイルストン) 第1次大戦も終わりに近いある日。ドイツ兵ポールは前線の塹壕にいたが、銃声が止み、つかの間の静寂が訪れる。ポールは1匹の蝶を見つけ、つかまえようと、手をのばして塹壕から身を乗り出す。その時フランス兵がポールを狙撃し、彼の手は蝶に届くことなく地面に落ちる〔*レマルクの原作には、この場面はない〕。
『捜神後記』巻8-2(通巻88話) 葛輝夫(かつきふ)という人が、妻の実家に泊まった。真夜中頃、2人の男があかりを持って、縁先まで近づいて来た。輝夫が杖で打ちかかると、2人とも蝶に変わってひらひら舞った。そのうちの1匹が輝夫の腋の下にぶつかり、輝夫は倒れて死んだ。
★5.蝶の精。
『胡蝶』(能) 吉野山中に住む僧が都へ上り、古宮の梅を見ていると、1人の女が言葉をかけてくる。女は「私は人間ではありません。胡蝶です」と言い、「法華経を読誦してほしい」と願って、姿を消す。僧が読経すると、夜の夢に胡蝶の精が現れる。胡蝶の精は「法華経の功徳で、私も成仏することができました」と礼を述べて、舞う。
『キリシタン伝説百話』(谷真介)100「雪の三タ丸屋(サンタマルヤ)」 2月の中ごろの、ある日の夕暮れ時、精霊が蝶の姿に身を変えて、処女・丸屋(*→〔処女〕4)の口のなかに飛び込んだ。丸屋はたちまち身ごもり、家を追われてあちらこちらさまよった果てに、ベレンの国に到った。大雪の夜、丸屋は農夫の家の牛馬小屋で、赤子を産み落とした。この赤子が、イエス・キリスト様である。
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