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虎ノ門
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/09 15:26 UTC 版)
虎ノ門(とらのもん)は、東京都港区にある町名。現在の町丁名としては虎ノ門一丁目・虎ノ門二丁目・虎ノ門三丁目・虎ノ門四丁目・虎ノ門五丁目がある。当地域の人口は、2,507人(2009年4月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)。郵便番号105-0001。
目次 |
地理
虎ノ門は東京都港区の町名である。
歴史
「虎ノ門」とは江戸城の南端(現在の虎ノ門交差点附近)にあった門の名前であり、門が撤去された後もその近隣地域の俗称として使われ続け、交差点名や都電・地下鉄銀座線の駅名となった。虎ノ門の名が地名に初めて採用されたのは昭和24年(1949年)になってからである。
現在の虎ノ門は、昭和52年(1977年)の住居表示実施により芝西久保地区・芝神谷町などを中心に新しく成立した町である。町名を決定する際に、港区は西久保や神谷町とせず、戦前から交差点名・地下鉄の駅名として知られていた虎ノ門の名を採用した。
沿革
- 江戸時代、現在の虎ノ門の一帯は、ちょうど麻布の台地と愛宕山に挟まれた低地であることから、西久保と呼ばれていた。西久保地区の大部分は武家地・寺社地であった。
- 寛文2年(1662年)、西久保城山町の住民が武蔵野に移住し、当地に新しく西久保村(西窪村・現在の東京都武蔵野市西久保)を開拓する。
- 元禄9年(1696年)、組屋敷があった場所に新しく神谷町が成立する。また元禄期までに、西久保地区に西久保車坂町・西久保新下谷町・西久保同朋町などの町が成立し、町奉行支配となる。
- 明治元年(1868年)、東京府成立にともない、西久保地区は東京府の所属となる。
- 明治2年(1869年)、西久保地区に町域変更が実施され、西久保車坂町・西久保新下谷町・西久保天徳寺門前が合併して西久保巴町が、西久保同朋町・芝富山町・芝北新門前町などが合併して西久保広町がそれぞれ成立した。また、寺社地であったところに西久保八幡町が、武家地であったところに西久保明舟町が成立した。
- 明治3年(1870年)、虎ノ門内側の幕府の御用屋敷があった敷地が今入町(後の芝虎ノ門町)となる。
- 明治5年(1873年)、武家地であったところに琴平町・西久保桜川町・西久保城山町などが成立する。
- 明治6年(1874年)、虎ノ門が撤去される。
- 明治11年(1878年)、芝区成立にともない、西久保地区は東京府芝区の所属となる。
- 明治22年(1889年)5月1日、東京市成立にともない、西久保地区は東京市芝区所属となる。
- 大正12年(1923年)12月27日、虎ノ門交差点附近において虎ノ門事件が発生する。
- 昭和13年(1938年)11月18日、地下鉄虎ノ門駅が開業する。
- 昭和22年(1947年)、芝区が赤坂区・麻布区と合併して新たに港区が成立。それにともない西久保地区の町名に「芝」の冠称がつく。
- 昭和24年(1949年)、芝今入町が芝虎ノ門町に改称する(現在の虎ノ門一丁目一番地)。町名に「虎ノ門」が採用されたのはこのときが初めてである。
- 昭和39年(1964年)3月25日、芝神谷町に地下鉄神谷町駅が開業する。
- 昭和52年(1977年)9月1日、住居表示実施。西久保地区の大部分に近隣の芝神谷町・芝虎ノ門町・赤坂葵町などをあわせて現在の虎ノ門が成立する。
- 森ビルは虎ノ門5丁目と隣接する麻布台1丁目の大規模再開発を念頭に置いた用地買収を推し進めた結果、管理所有することとなった該当地域は民家、マンションの空き家が顕著となりゴーストタウン状態を呈している(一部は定期借家を条件に継続して賃貸へ出されていたり、当地域の再開発を踏まえ、社員を常駐させる必要性から森ビルの寮として使用されている)。
住居表示実施前後の町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 虎ノ門一丁目 | 1977年9月1日 | 芝虎ノ門町、芝琴平町、芝西久保桜川町 |
| 虎ノ門二丁目 | 芝西久保明舟町、赤坂葵町 | |
| 虎ノ門三丁目 | 芝西久保巴町、芝西久保広町 | |
| 虎ノ門四丁目 | 芝西久保城山町、芝葺手町、麻布市兵衛町一丁目 | |
| 虎ノ門五丁目 | 芝神谷町、芝西久保八幡町、芝西久保広町、芝仙石町 |
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- 1 虎ノ門の概要
- 2 ギャラリー
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