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藤本博史 (捕手)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/04 06:14 UTC 版)
(アミノバリュー藤本 から転送)
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 兵庫県神戸市西区 |
| 生年月日 | 1976年5月10日(35歳) |
| 身長 体重 |
175cm 80kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2001年 ドラフト14巡目 |
| 初出場 | CPBL / 2007年4月7日 |
| 最終出場 | CPBL / 2007年10月10日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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選手歴
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監督・コーチ歴
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この表について
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藤本 博史(ふじもと ひろし、1976年5月10日 - )は、プロ野球選手(捕手)。兵庫県神戸市西区出身。
目次 |
来歴・人物
明石南高校から社会人野球の河上薬品、阿部企業を経て、2000年にアメリカの独立リーグであるウエスタン・ベースボール・リーグのザイオン・パイオニアーズに所属し、その後トレードでチコ・ヒートに移籍。
2001年はシアトル・マリナーズ1A・2A、スプリングトレーニングキャンプに参加後、ザイオン・パイオニアーズの後継球団であるセントジョージ・パイオニアーズで再びプレー。
2001年のドラフト14巡目指名でオリックス・ブルーウェーブに入団。「契約金ゼロ選手」の一人だった。しかし、一軍公式戦出場のないまま、2003年オフに自由契約となる。
2004年、アメリカ独立リーグ・ノーザンリーグのカンザスシティ・ティーボーンズに所属。
2005年、ノンプロクラブチームの茨城ゴールデンゴールズと契約。大塚製薬との個人契約を結び、練習試合やオープン戦の時は、登録名が「アミノバリュー藤本[1]」となる。2006年、WBCにブルペン捕手としてチーム入り。同年、ゴールデンゴールズで同僚だった山本圭一(当時極楽とんぼ)とともに17歳との淫行疑惑が浮上し、ゴールデンゴールズに自主退団を申し入れる。
2007年は台湾プロ野球(CPBL)の中信ホエールズでプレー。
2008年、四国・九州アイランドリーグの長崎セインツに選手兼任コーチとして入団するが、同年退団。その後、12球団合同トライアウトに参加する。
2009年6月11日、関西独立リーグの明石レッドソルジャーズに入団。
2010年よりコーチ兼任となる。同年8月20日、北川公一監督の休養により監督代行に就任[2]。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 中信 | 24 | 79 | 75 | 7 | 19 | 2 | 1 | 0 | 23 | 6 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1 | 10 | 6 | .253 | .273 | .307 | .579 |
| 通算:1年 | 24 | 79 | 75 | 7 | 19 | 2 | 1 | 0 | 23 | 6 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1 | 10 | 6 | .253 | .273 | .307 | .579 | |
背番号
- 65 (2002年 - 2003年)
- 41 (2005年 - 2006年)
- 44 (2007年)
- 91 (2008年)
- 10 (2009年 - )
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- ^ アミノバリューは、大塚製薬から発売されている清涼飲料ブランド名。
- ^ 明石レッドソルジャーズ球団ブログ
- 1 藤本博史 (捕手)の概要
- 2 関連項目