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ふじわら-のよしふさ ふぢはら― 【藤原良房】

(804-872) 平安前期廷臣。冬嗣の子通称白河殿染殿諡号(しごう)忠仁公857年文徳天皇の時、人臣初の太政大臣となり、応天門の変摂政に就く。「続日本後紀」の撰修参加


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藤原良房

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/08 21:38 UTC 版)

藤原 良房(ふじわら の よしふさ、延暦23年(804年) - 貞観14年9月2日872年10月11日))は、平安時代初期の公卿藤原北家藤原冬嗣の二男。母は藤原美都子。子に明子、養子に藤原基経染殿白河殿と称される。漢風諡号忠仁公 、国公は美濃公




  1. ^ 当時、天皇の皇女が臣下の許に降嫁することは禁じられていたが、潔姫は既に臣籍降下していたためその規定の対象外であった。とはいえ、天皇の娘が臣下に嫁ぐということは前代未聞であり、9世紀において他にこの待遇を受けたのは源順子宇多天皇皇女、一説には実父は光孝天皇)を降嫁された藤原忠平のみである。
  2. ^ 天皇が幼少時に摂政が任命されるという慣例は930年の藤原忠平(朱雀天皇摂政)の時に確立したと考えられているが、『公卿補任』はその原則が最初からのものと思い込んで後世に加筆されたとする和田英松の説が今日では通説とされている。
  3. ^ 栗原弘『藤原良房と源潔姫の結婚の意義』(『平安前期の家族と親族』(校倉書房、2008年(平成20年)) ISBN 978-4-7517-3940-2 第二部第三章)P203 - P204


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