藤原経通 (鎌倉時代)とは? わかりやすく解説

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藤原経通 (鎌倉時代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/07 08:17 UTC 版)

藤原 経通(ふじわら の つねみち)は、平安時代末期から鎌倉時代の公卿。正二位権大納言高倉大納言と号す。父は権大納言按察使藤原泰通、母は権大納言藤原隆季の娘。子には氏通、成恵、女子(藤原高実の室)がいる。家門として氏通以後は続かなかった。


  1. ^ 殷富門院元暦元年大嘗会御給による。
  2. ^ 中宮御給による。
  3. ^ 前皇太后宮による長寛2年朔旦御給。
  4. ^ 父泰通が薨去して喪に服していたためと考えられる。
  5. ^ 『続日本の絵巻』第12巻所収、「中殿御会図」、中央公論社。


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