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ふじわら-のふひと ふぢはら― 【藤原不比等】
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藤原不比等
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/02 13:06 UTC 版)
藤原 不比等(ふじわら の ふひと、 斉明天皇5年(659年)- 養老4年8月3日(720年9月13日))は、飛鳥時代から奈良時代初期にかけての公卿。藤原鎌足の次男。文献によっては史(ふひと)と記されている場合もある。「興福寺縁起」、「大鏡」、「公卿補任」、「尊卑分脈」などの史料では天智天皇の「御落胤」と書かれる。諡号は文忠公、国公は淡海公。
- ^ 高島正人は鎌足が藤原姓を授かったのは1代限りであり、不比等ら一族が藤原を名乗ることが許されたのは八色の姓施行後の天武天皇14年(685年)頃とする説を唱えている。その説を採ると鎌足の没後、暫く藤原氏は中絶していたことになる(高島正人「藤原朝臣氏の成立」(初出:『政治経済史学』第164号(1980年1月)/所収:同『奈良時代の藤原氏と朝政』(吉川弘文館、1999年))。
- ^ 『かぐや姫と王権神話』(保立道久、洋泉社、2010年、ISBN 978-4-86248-600-4)121-124頁。
- ^ 保立前掲書、123頁。
- ^ なお、これと同時に紀氏・石川氏の娘も文武の嬪となっている。
- ^ 尊卑分脈・賀茂系図による。但し、近藤敏喬『宮廷公家系図集覧』では、年代が合わないとして小黒麻呂の祖父蝦夷の女に比定している。
- ^ 『続日本紀』による。
- 1 藤原不比等とは
- 2 藤原不比等の概要
- 3 系譜
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