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蔦森樹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/01/23 13:54 UTC 版)
蔦森 樹(つたもり たつる)は、北海道生まれのオートバイ評論家、作家、ジェンダー研究者、トランスジェンダー活動家である。
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活動・経歴
蔦森は、著作家としての活動を、オートバイ研究家としてスタートする。蔦森の姿勢は、マニアの間でも忘れられつつある事象を徹底的な資料収集により掘り起こすものであった。もっとも、蔦森はライダーとしての、オートバイ研究家としての生き方を、「男らしさ」にとらわれたものとして捨て去り、女性への移行を始めることになる。その過程での、脱毛の経験から書き起こしたものが、著書『男だってきれいになりたい』であり、これは男性美容のガイドブックの嚆矢にあたるだけでなく、メンズリブの視点から見ても興味深いものである。
そして蔦森は、1994年に自伝『男でもなく女でもなく』を刊行した。蔦森の主張は、社会的に意味づけられた性別(ジェンダー)からの解放であり、性別を超越する生き方の選択である。心理学者の渡辺恒夫は『トランス・ジェンダーの文化』において、性別を超越するサブカルチャーの考察を行っていたが、蔦森はこの「トランスジェンダー」概念の導入を、発展的に継承したものといえる。(この点、蔦森のいう「トランスジェンダー」は、現在言われる「トランスジェンダー」が二元的な性別観を前提に、一方から他方への移行を意味することが多いところ、意味合いが異なることには注意を要する)。本書は、上野千鶴子らフェミニズムの研究者や活動家から高く評価された。
その後、1990年代から2000年代初頭において学界や行政を風靡した「ジェンダーフリー」の流れに乗り、地方公共団体や女性団体の主催する男女共同参画関連の講座において、講演を重ねるようになる。この中で蔦森は、「樹」という男性名で活動し、安易に女性に同化することを戒め、むしろメンズリブの立場、男性というポジショナリティからの発言であることを明確にしていた。
一方、主な活動領域がフェミニズム、メンズリブであったせいか、性同一性障害の当事者の活動には必ずしも積極的であったとはいえない。むしろ蔦森は、生れながらの性別、またそれに基づく社会的な性別に違和感をもつことを疾患とみなす、性同一性障害概念に抵抗する姿勢を示していた。このことは一部のトランスジェンダー当事者には熱狂的に支持される一方、性別違和感をもつことを疾患と捉える者や、反対の性別への完全な移行を行い、過去の性別や、トランスジェンダーであることを隠す立場の者からは、しばしば激しい反感をもたれた。
2000年より、琉球大学非常勤講師。これは、トランスジェンダーとしては日本初の大学教員任用であるとされる。
主な著作
- 『進駐軍モーターサイクルクラブ―FREE WHEELIN’ IN THE ’50s 』 山海堂、1987年 ISBN 978-4381075741
- 『男だってきれいになりたい―こころと身体の新グルーミングBOOK』 マガジンハウス、1990年 ISBN 978-4838701148
- 『男でもなく女でもなく―新時代のアンドロジナスたちへ』 勁草書房、1993年 ISBN 978-4326651498
- 『はじめて語るメンズリブ批評』(共著) 東京書籍、1999年 ISBN 978-4487794201
- 『恋人と暮らす沖縄―男が女になって女を愛する』 ミスターパートナー、2000年 ISBN 978-4434000614
- 『男を脱ぐ!―ジェンダーが救う新・サラリーマン幸福論』 全日出版、2003年 ISBN 978-4921044985
- セレナ・ナンダ(著)、蔦森樹、カマル・シン(訳)『ヒジュラ(男でも女でもなく)』 青土社 ISBN 4-7917-5778-5

