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菅広文
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/28 05:50 UTC 版)
| 菅広文 すが ひろふみ |
|
|---|---|
| 本名 | 菅広文 |
| 生年月日 | 1976年10月29日(33歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 161.8cm |
| 方言 | 大阪弁 |
| 最終学歴 | 大阪府立大学経済学部中退 |
| コンビ名 | ロザン |
| 相方 | 宇治原史規 |
| 立ち位置 | 左 |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 1996年‐ |
| 配偶者 | 独身 |
菅 広文(すが ひろふみ、1976年10月29日 - )はロザンのボケ担当。ネタ作りもしている。相方は、宇治原史規。立ち位置は向かって左。所属事務所は吉本興業。大阪府高石市出身。身長161.8cm(公称162cm)、体重約56kg。血液型A型。ニックネームは「菅ちゃん」
目次 |
経歴
- 1976年 - 大阪府高石市に生まれる
- 1992年 - 大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎に入学(付属中学からのエスカレーター式)
- 1996年 - 一浪した後大阪府立大学経済学部に入学
- 1996年 - 宇治原史規とお笑いコンビ「ロザン」を結成
- 2004年 - 大阪府立大学経済学部を中退
人物
- 左利き。スポーツ等は左手だが、筆記・食事は右手に矯正している。
- 相方を非常に慕っており、サバンナの高橋茂雄に「菅は宇治原無しでは生きていけない」と言わしめたほどである。
- マンスリーよしもとの吉本男前ランキングでは、毎年上位にランクインしている。(最高順位・3位(2001年、2003年))
- 小柄で童顔(ベイビーフェイス)の為、実年齢より幼く見られる事が多い。その顔とは裏腹にかなりの毒舌が飛び出す。ギャップが有り過ぎて、周りから「怖い」と言われてしまう事も。その事で、「っちゅ〜ねん!」放送中にオール巨人から説教された事がある。
- また、童顔ゆえに、25歳の頃にシャンプーハットの小出水と一緒にパチンコ屋に行ったが、未成年だと疑われて身分証の提出を店員から求められた事がある。幸いにも同伴者の小出水が菅が成人である事を説明したため誤解されずに済んだらしい。
- 周囲の人々から度々「目が笑っていない」と指摘される。NON STYLEの石田明から、「会話していても違う方向を見ている」という理由で怖い先輩の一人に挙げられた。その事について相方の宇治原からは、「一つの物事に集中しすぎて周りが見えなくなる性格」と注意されている。
- 勉強や運動等様々な事をこなす宇治原とは対照的に少々不器用な所があり、バカ扱いされる事もある。京都大学卒の宇治原の影に隠れがちであるが、大阪府立大学出身であり、自分でも結構頭が良いと自称するが、『熱血!平成教育学院』に出演した際はビリから2番目という散々な成績に終わってしまった。また、同番組の2008年6月29日の放送では、宇治原が番組内で海外短期留学の権利を獲得したにも拘らず、なぜか宇治原の代わりに一人でオーストラリアに行き、その模様がVTRで放送された(VTRでは宇治原の顔写真(ピーマンの物真似をした時のもの)をくっつけた人形を持っていた)。しかし、2008年7月6日、宇治原ドッキリで再び出演した際は2位を獲得。客席にいた宇治原に向かって、満面の笑みを浮かべながらガッツポーズをしていた。
- 2008年 3月10日放送の『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』の「プレッシャーSTUDY」に出演した際は、漢字の問題で送り仮名を書かず時間をロスしたり、簡単な問題ばかり選ぶ等期待外れな結果だった。その際、相方の宇治原は「大阪ではこんなに鬱陶しい奴では無いんですけどねえ」とフォローしていたが、他の出演者からは散々ツッコまれていた。特に品川庄司の品川祐からは「クイズより前にテレビの空気に飲まれてしまっている」と手厳しいダメ出しを喰らっている。
- 子供が好きで非常に好かれる傾向がある。
- とても涙脆く、ドラマや映画ですぐに泣いてしまう。『いま、会いにゆきます』は二時間ずっと号泣していた。(ヨシモト∞より)
- 同事務所で後輩にあたるキングコングの西野亮廣と仲が良く、よく遊ぶ。『WEST SIDE』で知り合ったのがきっかけとされる。
- 酒が殆ど飲めない相方と違い、よく飲みに行くが、酒による失敗も多い。その殆どが忘れ物で過去に6着ものスーツの上着を紛失したと『お笑いポポロ』で自ら話している。
- 2008年 6月26日放送分の「なまみつ」で宇治原が視聴者の考えた問題に挑戦するガチクイズを行った際、月亭八光やアジアンに「(宇治原が間違ったら)連帯責任で脱いで下さいね」と言われ、結果、上半身だけやや残念な裸体を披露する。その際、「裸にピンマイクを付ける事にちょっと憧れていた」と話している。因みにその時も話題になる程、スネ毛が濃い事で有名である。
- 自分がSかMか知りたいがためにSMクラブに行ったことがある。SM嬢に自分がSかMか訊ねた所、「SでもMでもない、ただのHや。」と言われた。
来歴
- 2歳の頃に内斜視になり手術を受けた。そのため幼少期は矯正用の厚い眼鏡をかけていた。治療と矯正により内斜視は完治したが、現在でも視力は悪い。主にコンタクトレンズを使用し、時々眼鏡をかけて出演することもある。
- 幼少時は東京都・長野県に住んでいた事もある。中学1年時に長野県にある信州大学教育学部附属松本中学校から転校するとき、奇跡的に大阪教育大学附属天王寺中学校で1人欠員ができたため、国立同士の繋がりで入試を受けず名門進学校に入学することができた。
- スポーツでは剣道初段を取得している。高校では相方の宇治原と同じバスケットボール部に所属していたが、行きたいときに行くという適当な状態だったため常に補欠だった。
- 府立大学を選んだ理由は家から自転車で通えるから。大学在学中に家庭教師のアルバイト経験がある。
- 芸人になるという意思を母親に伝えたとき、菅本人も驚くほどあっさりと好意的に受け入れられた。母親曰く「普通に就職せえへんと思ってた」らしい。[1]
エピソード
- 2007年7月31日、『ちちんぷいぷい』内の企画によりオーサカキングで「鼓喇舞」のメンバーと共にドラムパフォーマンスを披露。元々の不器用さとリズム感の無さが災いし前途多難の企画だったが、一生懸命に頑張る菅の姿に感銘を受けた視聴者が多かった。本番には大きな歓声が上がり、会場とスタジオを感動させた。演奏が終わった直後に本人は大号泣してしまい、他のレギュラーメンバーや相方の宇治原も目を潤ませていた。
- デビュー初期の数年間、宇治原にネクタイを結んでもらっていた。不器用なためネクタイをうまく結べなかったことが主な理由だが、自分で結べるようになっても「宇治原にやってもらうと気合いが入る」と言って頼んでいた。
- コンビ名に『聖闘士星矢』に登場する龍星座の紫龍の必殺技「盧山昇龍覇」から「ロザン」と付けた程、アニメが好きで詳しい。一番好きな漫画家は永井豪。
- 宇治原と一緒に自動車教習所に通っていた。一応免許は取得できたものの、宇治原からは「頼むから運転せんといてくれ、絶対に事故るから」と止められている。[2]
- 高校時代、宇治原の家に遊びに行くと「息子の大事な親友」ということで宇治原の両親から手厚くもてなされていたが、芸人活動を始めてからある時期までは「真面目な京大生の息子を芸人への道に引きずり込んだ元凶」として食事はほか弁、布団は子供用の小さい布団を出されるなどと冷遇されていた。[3]なお現在では温かく応援されており、単独ライブではそれぞれの家族の姿が頻繁に目撃されている。
- デビュー間もない頃に、2001年秋の「オールスター感謝祭」(TBS系)にて、初出演で優勝を果たす。しかし、本人曰く、「あの優勝した奴誰だよ…」「空気読めよ…」といった視線がビシビシと伝わってきて、特に「前の席にいた武田鉄矢さんがまるで腐ったミカンを見るような目でこっちを見ていた」[4]。島田紳助と共演した際は、いまだに同番組で当時無名だったにも関わらず優勝したことをいじられることがある。
- また、獲得した賞金・300万円は、相方・宇治原と折半した。本人曰く、「菅広文としてはテレビに出られない。ロザン菅だからあの番組に出れた訳だから、宇治原にも貰う権利がある。」との事。因みに、『ブレインサバイバー』で宇治原が優勝し、再び300万円を獲得した時も折半した。仕事での給料のギャラも2人できっちり分けている。(おぎやはぎ、ドランクドラゴンもピンの仕事のギャラを折半している。)
天然エピソード
- 大晦日にホテルの研修生の理不尽な対応にキレて、怒ったまま年を越してしまったというエピソードを話していた時、「ハッピーニューイヤー!」と言いたかったのに、「ハッピーバースデイ!」と叫んでしまった。(ヨシモト∞より、この他番組内では様々な天然話が繰り広げられている。)
- 自分で脱いだ靴の上に帽子を置いたのに、それをすっかり忘れて「誰や、靴の上に帽子を置いたんは!」とスタッフを怒った。(その後自分で置いた事を思い出し、素直にスタッフに謝った。)(ゴーゴーモンキーズより)
- 舞台後にスタッフさんだけでなく、掛けてあった衣装にも「お疲れ様でした」と頭を下げた。
- うんこ公園で遊んだエピソードを話している途中、「ブランコ」の事を「ベランダ」と言ってしまった。(ヨシモト∞より)
- 本番終了後、スタッフと間違えて相方の宇治原にマイクを渡してしまった。
- NON STYLEの石田明によると、芸人になってから初めて食事を奢ってもらったのは菅で、回転寿司に連れて行って貰ったという。菅が始めのうちは食べたいものを皿ごと取っていたのに、途中からなぜか寿司だけを取り始め、気付くことなく延々と食べ続けた。(後々になって石田に注意され、残した皿をちゃんと会計に持って行った。)
単独出演
テレビ番組
- クイズプレゼンバラエティー Qさま!!(テレビ朝日系)(2008年3月10日、2008年11月10日、2009年6月29日放送)
- 雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!『ハンサム芸人』(テレビ朝日系)(2008年10月23日放送)
- 熱血!平成教育学院(フジテレビ系)(2008年11月30日放送)
- 日本妄想大賞(フジテレビ系)(2008年12月30日放送)
- 麒麟の部屋(毎日放送)(2009年1月6日放送)
- ジャイケルマクソン(毎日放送)(2009年1月28日放送)
- メッセ弾(テレビ大阪)(2009年3月6日放送)
CM
- 大阪ガス「床暖房・夏」篇(2007年7月-)
- 大阪ガス「リフォーム くらしプラス」篇(2007年2月-)
- 大阪ガス「お役立ち くらしプラス」篇(2007年2月-4月)
- 大阪ガス「ALLブランドメンテ即日訪問 くらしプラス」篇(2007年2月-)
- 大阪ガス「けむぴこ くらしプラス」篇(2007年2月)
- 大阪ガス「リフォーム」篇(2006年10月-11月)
- 大阪ガス「お役立ち」篇(2006年10月-11月)
- 大阪ガス「ALLブランドメンテ即日訪問」篇(2006年7月-2006年8月)
- 大阪ガス「けむぴこ」篇(2006年7月-2006年8月)
※コンビの仕事は、ロザンを参照。
書籍
- 「京大芸人」(2008年10月30日発行、講談社)
菅が初めて書いた書籍。内容は、京大合格を目指すウジハラの物語。 '09年12月現在10万3千部刊行。
- 「京大少年」(2009年11月24日発行、講談社)
菅が書いた書籍「京大芸人」の第2弾。 '09年12月現在6万部刊行。
脚注
外部リンク
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固有名詞の分類

