荷車の歌とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|製品情報|動画|全文検索

映画情報

MovieWalkerMovieWalker

荷車の歌

原題:
製作国:日本
製作年:1959
配給:新東宝
スタッフ
監督:山本薩夫 ヤマモトサツオ
製作:中山亘 ナカヤマワタル

立野三郎 
原作:山代巴 
脚色:依田義賢 ヨダヨシカタ
撮影:前田実 マエダミノル
音楽:林光 ハヤシヒカリ
美術:久保一雄 クボカズオ
編集:河野秋和 コウノアキカズ
録音:空閑昌敏 
照明:内藤伊三郎 ナイトウイサブロウ
キャスト(役名
三國連太郎 ミクニレンタロウ (茂市
望月優子 モチヅキユウコ (セキ
岸輝子 キシテルコ (姑)
左幸子 ヒダリサチコ (オト代)
小笠原慶子 オガサワラケイコ (トメ子)
加藤鞆子 カトウトモコ (スエ子)
塚本信夫 ツカモトノブオ (虎男
矢野宣 ヤノセン (三郎
左民子 ヒダリタミコ (オト代の少女時代
西村晃 ニシムラコウ (初造)
稲葉義男 イナバヨシオ (太郎
水戸光子 ミトミツコ (ナツノ
佐野浅夫 サノアサオ (三造)
奈良岡朋子 ナラオカトモコ (コムラ
利根はる恵 トネハルエ (リヨ
浦辺粂子 ウラベクメコ (ヒナ
赤沢亜沙子 アカザワアサコ (鈴
辻伊万里 ツジイマリ (コユキ
戸田春子 トダハルコ (西屋女房
大町文夫 オオマチフミオ (セキの父)
安芸秀子 アキヒデコ (セキの母)
小沢栄太郎 オザワエイタロウ (ナナシキの旦那
解説
山代巴原作を「異母兄弟」の依田義賢脚色し、「赤い陣羽織」の山本薩夫監督した農村ドラマ全国農村婦人カンパによって資金がまかなわれた。撮影も「赤い陣羽織」の前田実
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
明治二十七年−−広島県山奥地主屋敷女中奉公するセキは、郵便配達夫の茂市求婚された。茂市は、一銭月給の上らない配達夫を止めて、荷車ひきになると言った茂市好意感じていたセキは、勘当の身となりながらも嫁いだ。二人は、一台ずつ荷車を引いてはを出て、往復十里の道を町へ通った。やがて車問屋になる日を胸に描きながら。姑はセキに冷たく、茂市弁当箱には米の飯をつめ、セキ弁当には粟飯をつめるような人だった。セキはやがてオト代を生んだ。オト代は気性の勝った娘に育った。祖母の荒い仕打ちに逆いいびられ通しオト代は、コムラ夫婦に貰われていき、を去った。セキ次々と子供を生んだ。姑が病気倒れると、セキ心の底から看病をした。姑も、涙をこぼしセキの手を取って死んでいった。−−茂市セキは、車問屋を始めることが出来た。が、間もなく鉄道通じ山奥からは荷馬車が荷を運ぶようになり、手車時代の波に取り残された。子供たちそれぞれ一本立ちするようになった。オト代と次女トメ子は結婚し、長男虎男鉄道機関手、末っ子三郎電車運転手になった。セキの上にも幸福な日が訪れたかに見えた。だが、茂市には隠し女があった。茂市は、オヒナというその女を家に連れこんでしまった。大東亜戦争−−虎男三郎召集された。そして戦争は終ったが、三郎戦死し、茂市泥田の中で倒れて死んだ。「セキよ、長い間ようこらえてくれた。」とセキの手を取りながら。茂市葬式には、子供や孫たちがやって来た。供養ササ餅を作ろうとセキは言い、ササ取りに孫たちを乗せ、力強い足どりで荷車をひいた。行手には、戦地から帰った虎男の姿があった。




固有名詞の分類




荷車の歌のページへのリンク

[PR] おすすめ情報

「荷車の歌」の関連用語
荷車の歌のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
_ _   


荷車の歌のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
MovieWalkerMovieWalker
(C)MovieWalker
キネマ旬報 (c)キネマ旬報社

©2012 Weblio RSS