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あらき-むらしげ 【荒木村重】
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荒木村重
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/01 15:23 UTC 版)
荒木 村重(あらき むらしげ)は、戦国時代から安土桃山時代の武将・大名。利休十哲の1人である。幼名を十二郎、後に弥介(または弥助)。明智光秀より4年前に織田信長に反逆した武将として有名である。先祖は藤原秀郷である。
- ^ 「耶蘇通信」によれば、村重の妻はキリシタンであり、ダシ(Daxi)の名は洗礼名であるという。また、村重自身も洗礼こそ受けていないものの、摂津支配時代にはキリスト教の布教に尽力したという。しかしルイス・フロイスの「日本史」には、荒木の妻は異教徒だと書かれている。
- ^ 完訳フロイス日本史
- ^ 『岩佐家譜』など。近年『寛永諸家系図伝』所収の荒木家の家系図を根拠に、又兵衛は村重の末子ではなく、村次の長男で村重の孫とする説もある(畠山浩一「岩佐又兵衛伝再考 ─血縁関係の再検討を中心に」、『国華』第1364号第114編第11冊所収、2009年)。
- ^ 熊本藩細川家の家譜『綿考輯録』(『細川家記』)巻五(『出水叢書一 綿考輯録 藤孝公』所収、出水神社 ISBN 978-4-7629-9323-7)
- ^ 岸和田市:市史史料目録「荒木家文書」
- ^ “荒木流拳法”. 日本古武道協会. 2010年1月19日閲覧。
固有名詞の分類
「荒木村重」の用例一覧
佐久間軍記/大坂門跡和睦 (Wikisource)
輝元與武田信玄公志ヲ通。荒木村重ヲシテ救ハント兼約ス。然トモ [1] 信玄病死。荒木滅亡シ降ト云々。 同八月。信長公大坂御進發。城中ヲ見給。其後以一書ヲ。佐久間信盛父子遣テ曰。及多年兵ヲ曝シ。衆ヲ勞シテ功ヲナスコトナシ。急天...
ja.wikisource.org/wiki/佐久間軍記/大坂門跡和睦
菊池寛 山崎合戦 (青空文庫)
し、自分が恨まれないつもりで、恨まれている所に、信長の性格的欠陥があったのであろう。 荒木村重なども、やはりそうである。村重と始めて会った時、壮士なら之を喰らえと云って、剣尖に餅か何かをさして、之を...
www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/1364_36750.html
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