花
『杜若』(能) 旅僧が、三河の国・八橋に咲く杜若を見る。そこへ女が現れ、在原業平が昔この地を訪れた故事と、その恋人・二条の后のことを、語り聞かせる。二条の后は死後杜若となり、女は杜若の精であった。女は業平の冠をつけ、二条の后の唐衣を着て、舞った。
『かざしの姫君』(御伽草子) 菊の花を愛するかざしの姫君は、訪れた少将と契りを交わすが、少将は姫君の屋敷の庭に咲く菊の精だった。内裏の花揃えのために菊は手折られ、姫君は女児を産んで死ぬ。女児は成長後、女御として入内する。
『今古奇観』第8話「灌園叟晩逢仙女」 崔玄微という老人が、広い庭にさまざまな草花を植え、独り住んでいる。夜、花々の精が大勢の美女の姿で現れて宴を開き、崔も座に連なる。崔は花々の頼みで、日・月・五星を描いた赤旗を庭に立てて、風の難から花を守る→〔若返り〕1a。
『西行桜』(能) 憂き世を厭い孤独を愛する西行法師が、「花見客を呼び寄せてしまうのが桜の咎だ」と詠じて寝た夜の夢に、庵の桜が老翁の姿で現れる。老翁は「憂き世と観ずるのは人の心。非情無心の桜に咎なし」と告げ、舞いを舞って、春の一夜を西行とともに楽しむ。
『集異記』「白百合の精」 書生が美女と契りを結び、再会を約して白玉の指輪を渡す。去って行く美女の姿を書生は見失うが、ふと1本の白百合に目をとめ、掘り起こす。球根の皮をすべてはがすと白玉の指輪が出てくる。書生は悔いて病死する。
『聊斎志異』巻10-412「葛巾」 常大用・大器兄弟は葛巾・玉版姉妹と結婚し、それぞれ男児をもうけるが、姉妹は牡丹の精だった。正体を知られた姉妹は子供を投げ捨てて姿を消す。地面に落ちた子供も消えて、数日後、そこから紫と白の牡丹が芽生えた。
『聊斎志異』巻11-414「黄英」 菊好きの馬子才が知り合った若い姉弟は、菊の花の精だった。姉の黄英は馬子才の妻となって添い遂げたが、弟は酒を飲みすぎ、菊と化して枯れた。
『聊斎志異』巻11-443「香玉」 黄は、白牡丹の精である香玉と夫婦になる。10数年を経て黄は死に、白牡丹の隣に赤い芽に5枚の葉をつけて萌え出る。しかし花は咲かず、何年か後に人の手で切られ、白牡丹もやがて衰えて枯れた。
*桜の精→〔木〕2aの『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』。
虞美人草の伝説 項羽の寵姫虞美人が自刃し、彼女の血を吸った土の上に、翌春美しい花が咲いた。人々はこの花を虞美人の生まれかわりと考え、「虞美人草」と名づけた。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 アポロンと美少年ヒュアキントスが、円盤の投げ比べをする。アポロンの投げた円盤を、ヒュアキントスが拾いに行く。円盤は大地に当たってはねかえり、ヒュアキントスの顔を直撃する。ヒュアキントスは死に、彼の血が流れた地面から、真っ赤な花(=ヒヤシンス)が生え出た。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 美少年アドニスは、猪の牙に大腿部を突きさされて死んだ。女神ヴェヌスは悲しんで、アドニスの血に神酒(ネクタル)をふりかけた。やがて血の中から、同じ色の花(=アネモネ)が現れた。
*ナルキッソスの死体が消え、代わりに水仙の花があった→〔死体消失〕2の『変身物語』(オヴィディウス)巻3。
*墓に咲く花→〔墓〕6a。
『百合』(川端康成) 百合子は子供の頃から、好きな友だちの真似をしていた。彼女は結婚すると、愛する夫の真似をして、髪を切り、眼鏡をかけ、髭を生やし、パイプをくわえ、夫を「おい」と呼び、陸軍に志願しようとした。夫がそれらを許さなかったので、百合子は神様を愛するようになった。神様は「汝、百合の花となるべし」と告げた。「はい」と答えて、百合子は1輪の百合の花になった。
*女が白百合の花に転生する→〔百〕2aの『夢十夜』(夏目漱石)第1夜。
『牡丹』(三島由紀夫) 南京虐殺の首謀者川又大佐は、580人の女を、楽しみながら殺した。戦後、川又は牡丹園を買い取り、牡丹の木を厳密に580本に限定して、花を育てた。それによって彼は、自らの忘れがたい悪を、世にも安全な方法で顕彰したのだった〔*殺した后の数と同数の仏塔を建てる『今昔物語集』巻4-3と、類似の発想〕→〔妻殺し〕2b。
『瓜姫物語』(御伽草子) あまのさぐめは瓜姫を木に縛り、彼女の代わりに守護代の嫁になろうとして、失敗する〔*昔話の『瓜子姫』では、姫を殺してしまうという展開をするものもある〕。悪事の罰として、あまのさぐめは足・手を引き裂かれ捨てられて、ススキやカルカヤの根もとに倒れ臥して死んだ。その血に染まったために、ススキの根もとは赤く、花の出始めも赤く色づくのである。
『天道さん金ん綱』(昔話) 山姥が、鉄の鎖にすがって逃げた子供たちを追う。山姥は、天から下がった腐れ縄につかまって登るが、蕎麦畑に落ち、石で頭を打ち割って死ぬ。その血に染まって、蕎麦の茎は赤くなった。
『ナイチンゲールと薔薇の花』(ワイルド) 学生が高慢な少女に恋をし、「赤い薔薇をプレゼントしたい」と思う。学生に同情したナイチンゲールが、自分の胸を白薔薇の木のとげに押しつけて死に、血が薔薇の葉脈に流れこんで、真紅の花が咲く。しかし少女は、「ドレスに似合わない」と言う。学生は怒って、薔薇を道に投げ捨てる。
『青い花』(ノヴァーリス)第1部 青年ハインリヒは夢で不思議な青い花を見る。花は彼に向かって首をかしげ、中にほっそりした顔が見える。ハインリヒは母方の祖父の住むアウクスブルクへ旅立ち、少女マティルデに出会って、花の中の顔は彼女だったことを知る〔*しかし彼は、マティルデが水死する不吉な夢を見る〕。
★5.悪の象徴である花。
『紅い花』(ガルシン) 精神病院に1人の男が収容される。彼は病院の庭に、真紅のケシの花が3株生えているのを見る。彼は「あの紅い花の中に世界中の悪が集まっている。紅い花を殺せば、地上の悪を根絶できるのだ」と考え、1株、2株と、花をむしり取る。看視人が彼を咎め、狭窄衣を着せる。夜、彼は狭窄衣を振りほどき、病室を脱出して、最後の1株を引き抜く。翌朝、力尽きて死んだ彼の死体が発見される。
★6.天から花が降る。
『三宝絵詞』上-1 尸毘(しび)王は鳩を救うために、自分の全身の肉を切り取って鷹に与えた(*→〔鷹〕4)。その時、大地が東西南北上下の6種に震動し、空から花が、雨のごとく降った。大海に浪が上がり、枯れ木に花が咲き、天人が降下して尸毘王を賛嘆した。
*→〔地震〕2aの『三宝絵詞』上-11・『法華経』「序品」第1。
*天使が降りてきて花をまく→〔魂〕8aの『ファウスト』(ゲーテ)第2部第5幕。
★7.絵に描かれた花。
『三国史記』巻5「新羅本紀」第5・第27代善徳王前紀 善徳王は、前王真平王の長女である。彼女が王女時代、唐から、牡丹の花の絵と種を贈って来た。王女は絵を見て、「あでやかな花だが、蜂も蝶も描かれていない。きっと香りのない花なのでしょう」と言った。種を植えて咲かせてみると、王女の言ったとおり、香りがなかった。
『野菊の墓』(伊藤左千夫) 「僕(政夫)」と民子は、山畑へ綿を採りに行った。「僕」は野菊やりんどうの花を摘んだ。民子が「わたし、ほんとうに野菊が好き(*→〔墓〕6a)」と言うので、「僕」は「民さんは野菊のような人だ。・・・僕は野菊が大好きさ」と言った。民子はりんどうの花を見て、「りんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。・・・政夫さんはりんどうのような人だ」と言った。
*「名前が好き」という表現で、相手への思いを述べる→〔決闘〕7bの『荒野の決闘』(フォード)。
*母が花を賜る・花を呑むなどして、子が生まれる→〔口〕1の『十八史略』巻4「南北朝」・〔申し子〕3aの『文正草子』(御伽草子)。
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