三省堂 大辞林 |
え ゑ 1 【絵】
(1)物の形・姿を描いたもの。絵画。
「―をかく」
(2)映画・テレビの画像。
» (成句)絵に描いた餅
» (成句)絵に描いたよう
» (成句)絵になる
» (成句)絵の事は素きを後にす
物語要素事典 |
絵
『雨月物語』巻之2「夢応の鯉魚」 三井寺の僧興義(こうぎ)は絵の名手だった。彼は臨終に際し、鯉魚の絵数枚を琵琶湖に散らすと、鯉魚が紙絹から抜け出して泳いだ。そのため、興義の絵は現存しない。
『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」 謀叛人松永大膳は、足利将軍の母尼公を金閣寺の二階に幽閉し、雪舟の孫娘雪姫を庭の桜の樹に縛りつける。雪姫が雪舟の故事(*→〔絵〕6)にならって、爪先で桜の花びらを集め鼠を描くと、白鼠が現れ、姫を縛った縄を食い切る。そこへ此下東吉(=真柴久吉)が来て、雪姫と尼公を助ける。
『太平広記』巻212所引『盧氏雑説』 呉道玄が某寺を訪れるが、応対が無礼だったので、寺の壁に驢馬を描いて去る。夜、驢馬は抜け出て寺の家具類を踏み荒らす。僧が詫び、呉道玄は絵を消す。
*絵から抜け出る虎→〔虎〕2の『傾城反魂香』(近松門左衛門)「土佐将監閑居の場」。
*絵の虎を縛れとの難題→〔難題問答〕1aの『一休と虎』(昔話)。
★1b.絵に描いた動物に瞳を点ずると、生きた動物となって抜け出す。目をつぶすと、絵に戻って抜け出なくなる。
『古今著聞集』巻11「画図」第16 仁和寺の御室の壁に巨勢金岡が馬の絵を描いたが、その馬は夜ごとに絵から抜け出て、近辺の田の稲を食った。馬の目をほじくり出すと、抜け出なくなった。
『水衡記』 画家張僧ヨウは安楽寺の壁に龍を描くが、瞳を入れると飛び去るからと言って、白いまま残す。人々が信じないので瞳を点ずると、龍は雲に乗って天に昇った〔*「龍」の字に点を打つと昇天する→〔文字〕7の『弘法大師の書』〕。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之27~29 巨勢金岡の描いた虎の絵に瞳を点ずると、生きた虎となって絵を抜け出し、洛中を暴れ回る。犬江親兵衛が虎の両眼を射て退治し、虎は絵の中に戻った。
摩利支天さんの龍の伝説 妻波の岩崎神社造営の折、宮大工の夢に本尊摩利支天の化身が現れて、本殿正面の上り龍・下り龍の彫り方を教えた。おかげで見事な彫刻ができたが、夜になると龍が動き出し、池を泳ぐようになったので村人は恐れる。相談の結果、龍の目玉に釘を打ち込んだところ、龍は池に出なくなった(鳥取県東伯郡大栄町)。
★1c.絵から抜け出る女。
『太平広記』巻286所引『聞奇録』 男が屏風の美女に心奪われ、絵師に教えられて、百日間美女の名を呼び続ける。美女は呼びかけに答え、酒をそそぐと、生身の人間となる。男と美女は結婚し、子供も生まれる。ある時、友人が「この女は妖怪だから切れ」と言って剣を届ける。美女は「私は南嶽の地仙だ。疑われたからには、もういられない」と告げ、子供を連れて絵に戻る。
『衝立の乙女』(小泉八雲『影』) 書生篤敬が、衝立に描かれた女に恋する。篤敬は老学者の教えに従い、女に名前をつけて毎日呼び続け、百軒の違う酒屋から買った酒を捧げると、女は衝立から出て篤敬の花嫁となる。篤敬は来世までも変わらぬ愛を誓い、女は衝立に戻ることなく添い遂げる。
『魔法のチョーク』(安部公房) アルゴン君がチョークで壁に食べ物の絵を描くと、それは本物になる。アルゴン君は世界を創造するためイヴを描く。イヴは壁から抜け出、チョークでピストルを描き、アルゴン君を撃つ。アルゴン君が気づくとすべて壁の絵に戻っている。壁の絵を食べ続けて肉体が壁化したアルゴン君は、壁に吸いこまれてイヴの絵の上に重なる。
★1d.絵から出てくる大津波。
『奇妙な死』(アルフォンス・アレ) 画家が海水で絵の具を溶き、美しい海の水彩画を描いて恋人にプレゼントする。恋人の部屋に掛けられた絵は、月の引力によって、現実の海と同様に潮の満ち干を起こす。ある晩、海岸に大津波が押し寄せたので、画家は心配して恋人の所へ行く。水彩画が氾濫して、恋人は部屋の中で溺死していた。
『押絵と旅する男』(江戸川乱歩) 青年が、押絵に描かれた八百屋お七の美しい姿に恋をする。青年は弟に、「遠眼鏡を逆向きにして自分を見てくれ」と命ずる。弟が大きなレンズを目に当てると、兄の姿が二尺くらいに縮小されて見える。兄は後じさりしてさらに身体を縮小し、絵の中に入りこむ。兄は押絵となって、お七に寄り添う→〔絵〕3a。
『メリー・ポピンズ』(スティーブンソン) 大道芸人のバートが、舗道にいくつもの絵を描いている。そこへ幼い姉弟のジェーンとマイケルと、乳母のメリー・ポピンズがやって来る。メリー・ポピンズの魔法で、四人はジャンプして、田園風景が描かれた絵の中へ入り込む。彼らは歌い踊り、メリーゴーラウンドの木馬に乗って、楽しい一日を過ごす。
『聊斎志異』巻1-6「画壁」 朱孝廉が、ある寺の壁画に描かれた少女を見て心ひかれる。いつしか彼は壁画の中に入りこみ、二日ほど少女とともにすごした後、寺僧に壁の中から呼び出されて、われに返る。
『押絵と旅する男』(江戸川乱歩) 二十五歳の青年が押絵の八百屋お七に恋し、自らも絵の中に入りこむ。しかし年月の経過とともに青年は老い、ついには、白髪でしわだらけの老人が若い娘に寄り添う絵になってしまう。老人の絵姿には、悲痛と苦悶の表情があらわれる。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ65 茶器商が、越後の酒問屋の旦那に、注文の茶碗を届ける。旦那は、掛け軸に描かれた美女を茶の相手として語りかけ、飲み食い興じる。二十年後、茶器商は再び酒問屋を訪れ、「絵が年を取ったようだ」と不思議がる。「はい。年を取りました」と旦那は答える。「共に老いようと、徐々に描き加えています。そうでないと、私ばかりが老いてゆく」。
『ドリアン・グレイの肖像』(ワイルド) 二十歳の美青年ドリアン・グレイの肖像画を、画家バジルが描く。以後のドリアンは、二十歳の容貌のまま、いつまでも年をとらない。それに対して肖像画の方は、年々醜く老いてゆく。三十八歳の時、ドリアンはナイフで肖像画を切り裂く。たちまち彼は醜い初老の男と化して絶命し、壁の肖像画は、描かれた当初の美青年に戻っていた〔*→〔魂〕1aの、体外にある魂が無事である限り身体は不死身、体外の魂を傷つけられると身体も死ぬ、という物語の変型〕。
『楕円形の肖像』(ポオ) 画家が小塔の部屋にこもり、何週間もかけて愛妻の肖像画を描く。画家は狂気のごとく仕事に没頭し、妻はしだいにやつれてゆく。画家が最後の一色をカンバスに塗って肖像画を完成させ、「これはまるで生き身そのままだ」と叫んで振り返った時、妻はすでにこと切れていた。
『絵姿女房』(昔話) 百姓が、美しい女房と離れて一人で仕事をするのがさびしく、女房の姿を絵に描いて田まで持って行く。その絵が風で吹き飛ばされて殿様の手に入り、殿様は女房を捜して強引に自分の奥方にする(秋田県仙北郡田沢湖町田沢)。
『七王妃物語』(ニザーミー)第7章 バハラーム王子は、宮殿の秘密の部屋で、七つの国の美しい王女たちの肖像画を見て、恋いこがれる。
『太平記』巻18「一宮御息所事」 後醍醐天皇一宮尊良親王は、絵合せの折に『源氏物語』の宇治八宮の娘を描いた絵を見て心奪われ、やがてその絵そっくりの美女(今出川右大臣公顕女)を見出す〔*『新曲』(幸若舞)・『中書王物語』(御伽草子)は『太平記』にもとづく〕。
『魔笛』(モーツァルト) 王子タミーノは、夜の女王の娘パミーナの肖像画を、女王の侍女たちから見せられて、恋心を抱く。タミーノとパミーナの結婚は神意に叶うものだったので、賢者ザラストロが自らの城にパミーナを保護し、王子タミーノにいくつかの試練を与えた上で、若い二人を結婚させる。
*男が、美女の立像を見て恋する→〔像〕1dの『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6。
★4b.美女がよりいっそう美しく絵に描かれる物語と、美女なのに醜く描かれる物語。
『うつほ物語』「内侍のかみ」 胡国の武士が、唐帝の七人の后の肖像画を見て、その中から気に入った一人を選ぶ。六人の后は絵師に賄賂を贈り、わざと醜く描いてもらう。帝からもっとも寵愛されている一人の后は「帝が私を手放すことはあるまい」と考え、絵師に賄賂を贈らない。そのため絵師は、美しい后をよりいっそう美しく描く。胡国の武士はこの后を選び、妻にする〔*朱雀帝が俊蔭女に語る物語〕。
『西京雑記』巻2 漢の元帝は画工に命じて、後宮の女たちの肖像画を描かせ、それをもとに寝所に召した。妃たちはこぞって画工に賄賂を贈り、美しく描いてもらったが、王昭君だけは賄賂を贈らなかった。匈奴の王が美女を求めた時、元帝は王昭君が美女だとは知らず、匈奴の王に与えてしまった〔*『今昔物語集』巻10-5では、絵師に賄賂を贈らなかったために、王昭君はことさら醜い肖像画を描かれた、と記す〕。
*絵姿を醜く描くのではなく、顔そのものを傷つけて醜くする物語もある→〔自傷行為〕7の美人の出ない村の伝説。
★5.男の肖像画。
『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)第2幕 ノルウェーの船長ダーラントの娘ゼンタは、部屋の壁にかかる「さまよえるオランダ人」の肖像画を見、その伝説を聞いて、「私こそあなたを救う妻だ」と叫ぶ。まもなく父ダーラントがオランダ人を伴って帰還し、ゼンタはオランダ人との結婚を誓う。
★6.本物そっくりの絵。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)201「喉の渇いた鳩」 喉の渇いた鳩が、画板に描かれた水甕を本物だと思い、飛んで行ってぶつかる。鳩は翼を折り、地面に落ちて、人間につかまる。
雪舟の伝説 雪舟は少年時、絵ばかり描いていたので、師僧が怒って寺の本堂の柱に縛りつけた。夕方、師僧が縄を解こうとすると足もとに鼠がおり、追っても逃げない。それは雪舟が足指を使い、自分の涙で板の間に描いた絵だった。
*蔦の葉の絵→〔身代わり〕3bの『最後の一葉』(O・ヘンリー)
*腐乱死体の絵→〔わざくらべ〕1の『今昔物語集』巻24-5。
★7.気まぐれに描いた絵にそっくりの人物。
『炎天』(ハーヴィー) 八月の炎暑のある日、一人の画家に気まぐれな画想が浮かぶ。画家は、裁判で判決を受けた被告の姿を、鉛筆で描いてみる。よく描けたので満足して外出すると、絵にそっくりの男に出会う。その男は石屋だった。画家は、知らずして石屋の未来の姿を描いていた→〔墓〕7。
『夢を食うもの』(小泉八雲『骨董』) 昔、日本の家には獏の絵をかけておく習慣があった。獏の絵は本物の獏と同じように、悪鬼を追い払う力がある。
*→〔鼠〕6の『狗張子』(釈了意)巻7-5「鼠の妖怪、附・物その天を畏るること」。
★9.ある時には名画と見えたものが、別の時に見ると印象が異なる。ある人が名画と見るものを、他の人は無価値なものと見る。
『秋山図』(芥川龍之介) 明末清初の画家・煙客翁は、かつて一度だけ、黄公望の名画「秋山図」を見て、その神品であることに驚嘆した。五十年後、煙客翁は貴族の邸宅で再び「秋山図」を見る機会を得た。しかしそれはどう見ても別の絵としか思われず、煙客翁は落胆した。五十年前の「秋山図」は幻だったのか、万事は夢だったのか、と煙客翁は自問した。
『知られざる傑作』(バルザック) 天才老画家フレンホーフェルは、美しい娼婦の画像の制作に十年間心血をそそぐ。彼はその絵に愛着し、誰にも見せない。しかし、狂った彼の眼にすばらしい絵姿と見えるものは、他の人間から見れば、カンヴァスの上に幾重にも塗られた混沌たる絵具の層にすぎなかった。
『真贋の森』(松本清張) 東大で日本美術史を専攻した「俺」は実力がありながら、権威主義の指導教授に嫌われ、学界から追放された。「俺」は、売れない画家鳳岳を指導して、浦上玉堂の贋作を描かせる。それを学界の権威者たちに「真作である」と鑑定させ、その後に贋作であることを暴露して、空疎なアカデミズムを嘲笑してやろう、と考えたのである。しかし鳳岳が「自分だって玉堂くらいの腕はある」と画家仲間に言ったことから、計画は破綻する。
★11.画商。
『モンパルナスの灯』(ベッケル) 画家モジリアニの絵は世間に受け入れられず、しかも彼はすでに健康を害していた。画商モレルは「モジリアニが死ねば、彼の絵は高額で売れる」と考え、モジリアニの死ぬ日を待っていた。ある夜モレルは、モジリアニが路上に倒れるのを見、彼を病院へ運んで臨終を見届ける。モレルは直ちに、安アパートのモジリアニの部屋へ行き、彼の絵を買い占める。モジリアニの死を知らぬ妻ジャンヌは、涙を浮かべてモレルに感謝の言葉を述べる。
ウィキペディア |
絵画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/03/06 14:08 UTC 版)
(絵 から転送)
絵画(かいが)は紙やキャンバスや壁などの支持体に絵具を塗布、定着させて描くことによる表現形式あるいはその作品。
キャンバスあるいは板に描かれた油彩画とテンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。 広い意味では紙の上に岩絵具で描かれた日本画や、水彩画も含まれる。 「タブロー」は絵画のうちから壁画を除く作品を指す。
図画(ずが)は、小学校の教科に図画工作(中学校以上では「美術」)があり、「絵画」の代用のように使われることもあるが、絵画のほかに素描(デッサン、スケッチ)、イラスト、版画など、かなり広い範囲を含んでいる。法律文書では「文書図画」のように文書と対に使われ、写真や記号など「絵」に限らないものも含む、図像一般を指している。なお、絵画に関する学問は画学と称される。
目次 |
絵画という概念
絵画の誕生を、およそ2万年前のラスコー洞窟の壁画から解説する教科書が多い。
しかし、芸術の概念が産まれるのは少なくともルネサンス以降のヨーロッパにおいてである。 1648年、ルイ14世がパリにフランス王立絵画彫刻アカデミー(Académie royale de peinture et de sculpture)を設立する。1666年には、その分室とも言うべき在ローマ・フランス・アカデミー(Académie de France à Rome)を設けて、当時のイタリアに集まった美術を学ばせた。 このころ「絵画」を定義するのは容易であった。すなわち、「キャンバスに油彩を施したもの、すなわち油彩画と水彩画、公の展覧会(サロン)において認められている手法により広まった限られた媒体による創作物である。
油彩画の初期には板絵があり、油彩以前にはテンペラ画もあった。また額に掛けて壁に飾るのは新しい形式であって、古くは壁に直接描いていたものである。 そういった古いものも絵画として認識するためには、より広い第2の定義、たとえば「視覚芸術のうちで、キャンバスや板、壁など何らかの支持体の上に、絵具、すなわち顔料とそれを分散させ支持体に定着させるための展色剤(メディウム)を混ぜたもの、を筆などにより塗布、定着させて描く手法およびその作品」というように拡張しなければならない。
この定義を厳密に適用すると、漆喰を直接染色するフレスコ画を含むことができない。しかしフレスコ画も広い意味では絵画と認識されていた。 絵付けされた壺や絵皿はこの定義に含まれそうであるが、絵画とは認識されていない。 浮き彫り、タピストリーなど染織、ステンドグラスなども絵画ではなく、モザイク画もおそらくは絵画には含まれない。 版画、写真も絵画には含まれておらず、紙の上に鉛筆や木炭、コンテ(Conté)などで描かれた素描(スケッチ、デッサン)は下絵(エスキース)と解釈されるので、これも絵画ではない。
したがって、絵画を広く解釈する場合に、その定義は曖昧なものにならざるを得ない。 注意すべきは、芸術と言う概念を説明する前に、その作品(作品形式)には地域性が反映しているということである。 すなわち最初に絵画という概念が産まれた経緯を見るに、イタリア・ルネサンスの絵画がそのモデルであって、それを西洋美術史に沿って板絵、テンペラ画、フレスコ画と、遡っていったものが絵画の概念の拡張であった。 したがって東洋美術や日本の美術など、ヨーロッパ以外の美術にこれを適用しようとすると、さまざまな困難を伴う。 たとえば東洋美術には書画という言葉があるが、書は絵画ではない。 象嵌、螺鈿などが工芸に分類され、浮世絵が版画に分類されるのはともかく、絵巻物や図屏風、障壁画がはたして絵画に相当するのかどうかは議論のあるところである。また、西洋においても古代ギリシアの壷絵は、前述した壷としての存在性から、絵が独立しているため、これも絵画に近いものである。
いっぽう、現代に向かって絵画の概念を拡張する場合にも新たな困難をともなう。 ひとつは新しい絵画素材や表現手法が出てくることによる。 ともすれば、岩絵具を使って描かれた日本画も絵画の仲間入りをするし、アクリル画やガッシュ、水彩も絵画に含まれる。パステルや色鉛筆で描いても良さそうであるが、これは「ドローイング」(drawing)として絵画とは区別されているようである。切り絵や貼り絵、コラージュはどうなのか。パブロ・ピカソの1912年の作品『籘張りの椅子のある静物』[1]には籘張り糢様の布がキャンバスに直接貼り付けられている。1960年代後半のイタリアのアルテ・ポーヴェラ、同じころの日本の「もの派」の作家たちも、さまざまな素材を作品に用いている。
このために現代美術においては、彫刻に対する絵画の代わりに、「平面作品」という言葉が使われるようになってきた。 しかし、写真や版画が「平面作品」に含まれるのかどうかなど、ますます曖昧な言葉でしかない。 単にそれまでの彫刻と絵画を「立体作品」と「平面作品」と言い替えたにすぎない。 イタリアのルーチョ・フォンタナは1950年代にキャンバスの一部を切り裂くなどの『空間概念』シリーズを制作している[1] 、アメリカ合衆国のダン・フレビン(Dan Flavin)も1960年代から、色の付いた蛍光灯などを壁に取り付けた作品を制作している(Wikipedia英語版でダン・フレビンは「彫刻家」(sculptor)として紹介されている)。 ただし、現代の「平面作品」は、新しい活動として「壁に設置されて観賞できる芸術作品」とも言えるが、これはすでに「絵画」とは別の概念かもしれない。
他の問題は現代美術においての絵画が属する視覚芸術と他との領域が輻輳してきていることである。 ひとつの境界は視覚と聴覚や嗅覚が併用されることで越えられる場合がある。 もうひとつの戦線は純粋芸術と応用芸術の境界の問題である。 純粋芸術の絵画と、応用芸術である挿絵やイラストレーションは別のものとされてきた。 19世紀末のアーツ・アンド・クラフツ運動に始まって、アール・ヌーヴォーに引き継がれるなど、自由意志における純粋芸術と、既存の権勢にとらわれない応用芸術など、その境界線は単に一連の作品群をカテゴリ化するようにしか説明できてはいないことに帰され、モダニズムはこれを峻別しようとしてきた。 1970年代後半になるとモダニズムは力を失い、純粋芸術が他と区別されるものは何なのか、現在その違いを語ることは困難になってきている。
時代・画派
- 西洋
- 古代
- ギリシャ
- ローマ
- 中世
- 近世
- 近代
- 現代
- キュビスム
- フォーヴィズム(野獣派)
- エコール・ド・パリ
- (ロシア)構成主義
- ダダイスム
- シュルレアリスム(超現実主義)
- 幾何学構成的絵画
- メタフォリカルレアリズム(比喩的写実主義)
- 抽象表現主義
- コンセプチュアルアート(概念芸術)
- ポスト・モダン
- 古代
表現形式
- 非具象絵画
技法
題材別
関連項目
参考文献
- 『見る脳・描く脳―絵画のニューロサイエンス』岩田誠 東京大学出版会 1997 ISBN 4130633147
- 『脳は美をいかに感じるか ピカソやモネが見た世界』セミール ゼキ (Semir Zeki), 河内十郎 訳 日本経済新聞社 2002 ISBN 4532149606
脚注
外部リンク
|
|||||||||||
関連した本
- 西原理恵子の人生画力対決 1 (コミックス単行本) 西原 理恵子 小学館
- レース切り絵 蒼山 日菜 河出書房新社
- 高橋ヒロシ先生☆画業20周年記念 高橋ヒロシBOX 高橋ヒロシ 秋田書店

