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米長 邦雄(よねなが くにお)

永世棋聖

タイトル履歴
名人 1期(第51期-1993年
十段 2期(第23期-1984年度~24期)
王位 1期(第20期-1979年度)
棋王 5期(第4期-1978年度・第6~9期)
棋聖 7期(第22期-1973年度前・36期・43期~47期)-永世棋聖
王将 3期(第32期-1982年度~33期・39期)
登場回数合計48
獲得合計19
優勝履歴
NHK杯1回(第28回-1974年後期
早指し選手権戦4回(第5回-1979年度後・11回・1314回)
日本シリーズ3回(第1回-1980年度・5回・7回)
勝抜戦5勝以上1回(第12回-1989年度)
将棋連盟争奪戦2回(第2回-1969年度・16回)
古豪新鋭戦1回(第8回-1964年度)
名将戦4回(第7期-1980年度~8期・1213期)
優勝合計16
将棋大賞
第 1回(1973年度)最多対局
第 2回(1974年度)最多対局賞・技能賞
第 4回(1976年度)最多対局
第 5回(1977年度)最多対局
第 6回(1978年度)最優秀棋士賞・最多勝利賞・最多対局
第 8回(1980年度)最多勝利賞・最多対局
11回(1983年度)最優秀棋士
12回(1984年度)最優秀棋士
21回(1993年度)特別賞
27回(1999年度)升田幸三賞
その他表彰
1982年将棋栄誉賞通算六百達成
1987年現役勤続25年
1992年将棋栄誉敢闘賞通算八百達成
山梨県イメージアップ大賞
山梨県南巨摩郡増穂町名誉町民
1995年特別将棋栄誉賞通算千勝達成
2002年現役勤続40年
2003年紫綬褒章
2007年地方教育行政功労者表彰


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米長邦雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 09:52 UTC 版)

米長 邦雄(よねなが くにお、1943年6月10日 - )は、将棋棋士。2003年12月、引退。日本将棋連盟会長(2005年 - )。

タイトル獲得数19期は歴代5位永世棋聖の称号を保持し、引退前から名乗る。佐瀬勇次名誉九段門下。棋士番号は85。

2003年11月、紫綬褒章受章。

北陸先端科学技術大学院大学特任教授[1](2011年10月1日より。任期満了予定は2012年9月30日[2])。

日本財団評議員(2011年4月 - )[3]。財団法人JKA評議員(任期満了予定は2013年3月31日 [4])。

東京都教育委員(1999年12月 - 2007年12月)

山梨県南巨摩郡増穂町(現・富士川町)出身。中野区立第八中学校東京都立鷺宮高等学校卒業。中央大学経済学部4年次3月(年度末)退学。




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  1. ^ 研究者総覧(北陸先端科学技術大学院大学)
  2. ^ 寄附講座「思考の可視化」を開設 - 日本将棋連盟の米長会長を特任教授に招へいし、人工知能などの研究を推進 - (北陸先端科学技術大学院大学)
  3. ^ 評議員名簿(日本財団)
  4. ^ プロフィール(財団法人JKA)
  5. ^ a b 「米長邦雄の本」より。
  6. ^ a b c 2004年7日2日放送の「徹子の部屋」より。
  7. ^ この発言は、元々は芹澤博文による(米長がこう言ったという)冗談であり、本人はこのような発言をしていないという。しかし、あながち間違っていないと思い、積極的に訂正しなかったともしている(読売新聞・「時代の証言者」による)。ちなみにこれには続きがあり、その兄によれば「馬鹿でなければあんな奴の兄は務まらない」。
  8. ^ 当時は「将棋世界」誌などで米長の「島研」参加がセンセーショナルに報道されたが、真に序盤研究目的だったのか、中原名人(当時)に対する盤外戦術だったのかは不明。
  9. ^ 『将棋博物館」閉鎖で木村名人の娘を怒らせた「米長会長」』 週刊新潮 2006年11月30日号
  10. ^ 『ふたたび運を育てる - ピンチとチャンスは同じもの』37頁 米長邦雄著 クレスト社 1998年6月 ISBN 978-4-877-12069-6
  11. ^ 写真週刊誌FOCUS 1985年11月1日号 新潮社
  12. ^ 「米長邦雄永世棋聖vsボンクラーズ プロ棋士対コンピュータ将棋電王戦」のお知らせ!”. 日本将棋連盟 (2011年10月6日). 2012年1月27日閲覧。
  13. ^ 「プロ棋士対コンピュータ 将棋電王戦」 第2回戦 対局者決定!!”. 日本将棋連盟 (2012年1月5日). 2012年1月27日閲覧。
  14. ^ 後手番森安の四間飛車に先手番の米長は▲5七銀左から鷺宮定跡含みの駒組みを進める。森安の△6四歩を見て米長は▲4五歩と仕掛けたが、ここで森安は△7四歩と突いた。当時はそれが普通だったのだが、米長はこの局面で▲4六銀の新手から作戦勝ちを収め、そのまま勝利する。米長曰く、「△7四歩の先に△6三金であったら、この手(▲4六銀)は成立しなかった」という(角交換後の▲3一角がない)。その後、△6四歩▲4五歩の局面では△6三金が一般的となり、先に△7四歩と突く形は姿を消した。
  15. ^ 先に引退届を出した上で、残った対局の予定を消化するというのが原則である。
  16. ^ 『逆転のテクニック - 悪い将棋はこう指せ!』(上巻) 米長邦雄著 日本将棋連盟 ISBN 978-4819701112
  17. ^ [1] ただし、この言葉は「文学をわかっていない棋士の迷言」と、観戦記者の奥山紅樹から批判されたことがある。
  18. ^ 第30期までの順位戦の期数は、名人戦の期数に対して5期のずれがあり、第36期から名人戦と順位戦の期数がそろえられた。このため、第31 - 35期の順位戦は存在しない。つまり、米長のA級以上在籍は、26期連続である。
  19. ^ 米長邦雄会長が「地方教育行政功労者表彰」を受ける(日本将棋連盟)


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