第六青函丸
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第2船。1944年(昭和19年)度竣工予定のところ、工期116日とW型船建造期間最短記録を樹立し、1943年(昭和18年)度内に竣工した。船長と機関長は遊歩甲板にそれぞれ個室を持った。それ以外の高級船員は遊歩甲板の大部屋の2段寝台を使用した。操舵手、その他の甲板部員、機関部員、事務部員は、それぞれの大部屋を船橋楼甲板に持ち、2段寝台を使用した。しかし甲板室拡張なしに船橋楼甲板に2段寝台の海軍警戒隊員室を設置したため、普通船員食堂がなくなってしまった。この大部屋2段寝台のスタイルは第十一青函丸まで踏襲された。本船以降はボイラーの 過熱器が省略され、飽和蒸気使用のため4時間30分運航は困難となった。車両甲板下の第二甲板は第1船艙、車軸室とも鋼甲板は廃止され、梁だけが残された。 終戦時、大破、座礁していたが、修復され1947年(昭和22年)2月、甲板室前後の船橋楼甲板にそれぞれ鋼製の旅客用甲板室(デッキハウス)が造設され、客載車両渡船(デッキハウス船)として復帰した。このときボイラー4缶から5缶への増設工事も施工されたが、左舷前側への増設のため、煙突は左舷2本右舷1本の計3本となり、第十一、第十二青函丸とは逆になった。
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第六青函丸
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3,499総トン。全長120.54 m、幅16.8 m。 旅客定員695名。車両積載数:トラック50台または乗用車126台。下田船渠建造。 函館 - 青森、室蘭 - 青森航路に就航。1973年竣工、1992年売却。
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