戦国武将覚書 |
石巻康敬(いしまき やすまさ) 1534~1613
○左馬允 康昌 下野守
◇父:石巻下総守康信 室:内田氏女 子:石巻康貞
相模・北条氏の評定衆を務める。三河の人。当主氏直が豊臣秀吉の要求要請を反故にした為、弁明に上洛するが却って捕らえられた。北条氏滅亡後、徳川氏に仕えた。
◇父:石巻下総守康信 室:内田氏女 子:石巻康貞
相模・北条氏の評定衆を務める。三河の人。当主氏直が豊臣秀吉の要求要請を反故にした為、弁明に上洛するが却って捕らえられた。北条氏滅亡後、徳川氏に仕えた。
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石巻康敬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/02 03:24 UTC 版)
石巻 康敬(いしまき やすまさ、天文3年(1534年) - 慶長18年10月1日(1613年11月12日))は後北条氏の家臣。左馬允、下野守。父は石巻家貞。兄に石巻康保。通称を彦六郎。
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