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矢部貞治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/15 12:21 UTC 版)

矢部 貞治(やべ ていじ[1]1902年明治35年)11月9日 - 1967年昭和42年)5月7日)は日本政治学者評論家東京帝国大学法学部教授、拓殖大学総長などを歴任した。従三位勲一等政治学博士旧姓横山。

第二次世界大戦前・戦後を問わず現実政治への関与を行い、戦前は近衛文麿ブレーントラスト昭和研究会」に参加し、外交部会長を務めた。戦後では東大時代に指導した中曽根康弘の相談役であったことで知られる。中曽根は度々師であったと公言している。

そのため、来歴から近衛に関する多くの伝記研究を編纂執筆している。政治史研究に関する一次史料として、日記が公刊されている。現在、私蔵文書類が政策研究大学院大学に移管され整理が進められている。


  1. ^ 名前の読みは「さだじ」だが、晩年自ら「ていじ」と称する。
  2. ^ 『新日本人物大観』(鳥取県版) 人事調査通信社 1958年 ヤ…400頁より
  3. ^ 『鳥取県百傑伝』より


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