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矢沢 透
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| 芸名 | 矢沢 透 |
| 芸名フリガナ | ヤザワ トオル |
| 性別 | 男性 |
| 生年月日 | 1949/02/06 |
| 星座 | みずがめ座 |
| 干支 | 丑年 |
| 出身地 | 神奈川県 |
| URL | http://www.niigata-life.com/kinchan/ |
| プロフィール | 1949年2月6日、神奈川県の横須賀に生まれる。13歳の頃から兄にドラムを教わり、音楽に目覚める。1966年「中野彰とそのグループ」のバンドボーイになる。 翌年には新宿のジャズ喫茶「汀」でアルバイトを始める。1968年、R&Bに影響を受け「Re-palsion」を結成。米軍キャンプで活動、その後「Soul Brothers」に入る。1971年には 「ブラウン ライズ」に加入。米国、メキシコに遠征旅行中に谷村新司と出会い、意気投合。ともに活動することを約束。1972年5月5日フォークバンド「アリス」に正式参加。1981年11月7日アリス一時休止。その後充電しながら、串焼や「阿雅左」、ギターショップ「リムショット」を経営。2009年「アリス」再結成を発表。同年、全国36ヶ所40ツアーライブを敢行。メンバー自身の選曲・監修による初のオールタイム・ベスト「ALICE 30 SONGS」も発売。プライベートでは料理が趣味。大好物の鍋物は12種類以上作る。特に湯豆腐、鴨鍋、キムチ鍋が得意。 |
| 職種 | 音楽 |
| 好きなスポーツ | ゴルフ |
| 趣味・特技 | 音楽/スポーツ観戦/ゴルフ/料理 |
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映画監督・出演者情報 |
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矢沢透
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/01/21 09:41 UTC 版)
矢沢 透(やざわ とおる、1949年2月6日 - )は、神奈川県横須賀市生まれのミュージシャン。元・フォークグループアリスのドラマー。柳家金語楼に似ていた事から「キンちゃん」の愛称で親しまれた。
現在は六本木にて串焼き屋、神保町にてギターショップを経営している。
来歴
東京を拠点に活動するプロのソウルバンド「ブラウン・ライス」のゲストドラマーだった矢沢は、1973年の米国ツアーにて関西のフォークシンガー谷村新司と出会って意気投合し、帰国後プロのフォークグループとしてともに活動することを約束する。その約束通りに翌年、谷村・堀内孝雄とともにアリスを結成した。
デビュー当初のアリスは、商業的には鳴かず飛ばずの低迷状態が続いていた。そのため、ドラムスの代わりに手軽に運べるコンガを持ち運びながら、メンバーとマネージャーだけで全国各地を回って地道なステージをこなしていた。
アリスの代表曲の多くでは、作詞を谷村、作曲を堀内と谷村、編曲を矢沢が担当している。しかしアルバムには矢沢の作曲した曲も少なくなく、スタジオでは自作曲のヴォーカルも務めた。歌唱力のある他の二人が歌う楽曲と比べるとやや浮いている感は否めないが、二人とは異なる音楽的土壌を活かした作曲とその洗練されたアレンジはファンからの評価も高い。また、ライヴではドラムスのみならずピアノの演奏を担当することもある。
アリス活動後期、各メンバーがソロ活動を活発化させる中、矢沢も全曲オリジナルのソロ・アルバム『バラエティ・ツアー』をリリースした。
1981年にアリスが解散した後、短期間ではあるが、親しいミュージシャンを集めたユニット「BLEND」として活動していた。(その際、ヴォーカルをつとめていたアメリカ人のシンガーJohn Stenley(ジョン・スタンレー)が、のちに八神純子の夫となる。)
BLEND解散後は第一線の音楽活動からは身を引いているが、その後アリスの単発的な活動再開が三度あり、2001年と2005年にはNHK紅白歌合戦にも出場している。また、2008年にリリースされた谷村のソロアルバムではアリスの曲がセルフカバーされており、その録音に参加するため録音に駆け付けている。
関連項目・人物
固有名詞の分類

