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直江信綱(なおえ のぶつな) ????~1582

藤九郎 与兵衛 景孝
◇父:長尾景貞 養父:直江実綱 室:直江実綱
 越後・上杉氏直江氏の後を継いで与板城主となる。しかし、春日山城内の槿の間において、山崎秀仙政務打ち合わせ中、御舘の乱の恩賞のもつれから秀仙に恨みを持つ毛利秀広(弘?)が乱入、秀広は秀仙を刺殺。信綱は脇差で身を守ろうとしたが、まきぞい食い同じく秀広に斬殺された。信綱に嗣子なく、名門直江氏が絶えることを惜しまれた為、信綱の未亡人樋口兼続入婿し、直江氏を継いだ。


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直江信綱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/17 11:29 UTC 版)

直江 信綱(なおえ のぶつな)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将越後国戦国大名長尾上杉氏の家臣。越後国山東郡与板城主。直江景綱の娘婿で奉行職を務めた。


  1. ^ 庶流の高津長尾景孝であったという説は年齢的に全く符合しないため、現在では否定されている。


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