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白川次郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/20 15:01 UTC 版)
白川 次郎(しらかわ じろう、1945年11月5日 - )は、高知県生まれの元日本短波放送・ラジオたんぱ・ラジオNIKKEIアナウンサーで、コーラルアイランドに所属するフリーアナウンサー。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 出典:『あと100っ!』より。
- ^ 小学校に入学して4カ月後の時点で、朗読は5・6年生の本でも読めるのだが自分の名前が書けず、担任の教諭に不思議がられたという。
- ^ 彼が日本短波放送への入社を決めたのには、もう一つ大きな理由があった。それは彼が大学生になった年(1964年)の秋に兄が病死してしまい、亡き兄に代わって両親の老後を見るためには、地方局に入社して東京を離れる事が難しい状況になっていたからだった。
- ^ 長岡がこれほどまでに競馬班への加入を後押しした背景には、1961年(昭和36年)の入社以来ずっと長岡が一番若手の競馬アナウンサーだったので、早く競馬の後輩アナウンサーが欲しかった事と、白川の持つバリトンの美声は「声が宝物」と言われるくらい声が良くなければいけない競馬アナウンサーには最適であると思ったからだった。
- ^ このほか、この講座の卒業生からは、清水俊輔(テレビ朝日)、岡村久則(静岡放送)、瀧口俊介(石川テレビ)、水野善公(北海道放送)、梅中悠介(テレビ埼玉)、飯田浩司(ニッポン放送)、二宮淳一・堂前英男(競艇・オートレース実況のオフィス・ケイ・ステーション所属)といった、局アナや公営競技の実況アナウンサーも活躍している。
- ^ JRA-VAN 競馬かわらVAN バックナンバー
- ^ 彼が入社した当時の宿直勤務での「大学受験講座」は、本編・CM以外の紹介ナレーションは生放送だった。しかし、先輩達は1本のテープに本編・CM・ナレーションを全て事前に収録しておき、放送時間には酒を飲んだり麻雀をしたりしていた。
- ^ また、「オグリキャップ! 優勝ゴールイン!! 」と、他の大レースでもまず使う事は無かった「優勝」という言葉を無意識に言っていた事に自分でも驚いたという。
- ^ 彼の馬名の言い間違いは、同一のレースに出走している別の馬名とごっちゃになってしまうパターンもある。例えば、サニーブライアンとメジロブライトがごっちゃになった「サニーブライト」(1997年・日本ダービー)や、マルブツオペラとテイエムオペラオーがごっちゃになった「マルブツオペラオー」(1999年・日本ダービー)などがある。
- ^ これは、あまりにも目的を絞り込んだ講座内容に抵抗があった事。また、放送の世界では競馬中継枠が非常に少ない上、必要人員も限られたいわゆる『狭き門』に対して受講生が集まるのか疑問だった事。さらに、スポーツ実況の中でも特に難しいとされている競馬実況のアナウンサーを育成するのに、ラジオたんぱ(当時)ですら最低2年かかるものを、約半年間の講習でそのノウハウが伝えきれるのか不安だった事など、数々の困難が予想されたためだった。
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