畠山政尚とは? わかりやすく解説

畠山政尚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/01 08:05 UTC 版)

畠山 政尚(はたけやま まさひさ[1])は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。初め政義と名乗ったとされるが[1][2]、当時の書状には政能とある[3][注釈 1]


注釈

  1. ^ について『寛政重修諸家譜』には「政尚」[1]、「両畠山系図」には「政頼」とあり[2]、『有田市誌』では主に「政能」と書かれる[4]。なお「政頼」は政尚の弟の秋高が名乗った諱である[5]
  2. ^ 円満寺は天文年中(1532 - 1555年)に政尚の父・政国が仏殿の再興や寺領の寄進を行っており、政国・政尚以降畠山氏の所となった[13]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k 寛政重修諸家譜』巻第九十八(『寛政重脩諸家譜 第1輯』國民圖書、1922年、561–563頁)。
  2. ^ a b c d 塙保己一 編「両畠山系図」 『続群書類従 巻115-116』https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2553646/24 
  3. ^ 永禄6年9月21日付則岡貞久・久喜春秀執達状 (有田市誌編集委員会 1974, p. 336)。
  4. ^ 有田市誌編集委員会 1974, pp. 376–377, 399, 1413–1414.
  5. ^ 弓倉 2006, p. 51.
  6. ^ 和歌山城郭調査研究会 編 『戦国和歌山の群雄と城館』戎光祥出版〈図説 日本の城郭シリーズ12〉、2019年、36頁。ISBN 978-4-86403-311-4 
  7. ^ 有田市誌編集委員会 1974, p. 376.
  8. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編 『角川日本地名大辞典 30 和歌山県』角川書店、1985年、1005頁。ISBN 4-04-001300-X 
  9. ^ 有田市誌編集委員会 1974, pp. 335–336.
  10. ^ 弓倉 2006, pp. 346, 371.
  11. ^ 弓倉 2006, p. 125.
  12. ^ a b 有田市誌編集委員会 1974, p. 377.
  13. ^ a b 有田市誌編集委員会 1974, pp. 305–307.


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