三国志小事典 |
王累
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劉璋の従事。広漢郡新都の人《華陽国志》。『華陽国志』は「忠烈、従事王累」と称えている。 建安十六年(二一一)、曹操が張魯討伐のため漢中に軍勢を差し向けたと聞き、それを恐れた益州牧劉璋は、別駕従事張松の献策を容れて荊州から劉備を招き入れようとした。王累は我が身を州城の城門に逆さ吊りにして諫めたが、劉璋は聞き入れなかった《劉璋伝》。王累はその計画の不可を主張するため、城門において自刎して果てた《華陽国志》。 【参照】曹操 / 張松 / 張魯 / 劉璋 / 劉備 / 益州 / 漢中郡 / 荊州 / 広漢郡 / 新都県 / 従事 / 別駕従事 / 牧 / 華陽国志 |
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王累
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/12 14:12 UTC 版)
王 累(おう るい、生年不詳 - 211年? )は、中国後漢末期の武将。劉璋の家臣。広漢郡新都県の人[1]。
- 1 王累とは
- 2 王累の概要
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