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特別永住者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/21 03:53 UTC 版)
特別永住者(とくべつえいじゅうしゃ)とは、平成3年(1991年)11月1日に施行された日本の法律「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」により定められた在留の資格のこと、または当該資格を有する者をいう。厳密に言えば「資格」であって「権利」ではないのだが、社会通念上両者が混同されているので、この資格は特別永住権とも呼称されている。
米国戦艦ミズーリ艦上での日本の降伏文書調印日(昭和20年(1945年)9月2日)以前から引き続き日本内地に居住している平和条約国籍離脱者(朝鮮人(韓国人)及び台湾人)とその子孫を対象としているが、実際には朝鮮、韓国系の特別永住者には戦後の密航者も多く含まれる(特別永住者の実際参照)。
第二次世界大戦後、日本の領土下にあった朝鮮は連合国に分割占領され後に韓国・北朝鮮として独立し、同じく日本の領土下にあった台湾は中華民国に併合された。それによって、これまで日本領土下のもと日本国民とされたこれらの人々の国籍についてどうするかが問題になったが、日本では単純に日本国籍を喪失する政策がとられた。日本政府はこのうち、日本に在住している(戦前まで日本国民の一員として日本で生計を立てていた)これらの地域出身者に対する救済措置として、「かつて日本国籍を有していた外国人」を特別永住者、それ以外の外国人を一般永住者と区別した。旧植民地出身者の扱いについては、ドイツは選択制としたが世界的には重国籍が一般的である。
平成22年(2010年)末時点での特別永住者の実数は、前年より1万459人減少し39万9106人[1]である。法施行19年目で初めて40万人割れをし、30万人台に突入。国籍別では「韓国・朝鮮」が99%とほとんどを占める。大阪・兵庫・京都の近畿3府県に約45%が集中する。(詳細は以下を参照)
- ^ 平成22年末現在における外国人登録者統計について
- ^ 水野直樹 在日朝鮮人台湾人参政権「停止」条項の成立 ―在日朝鮮人参政権問題の歴史的検討(1)― 水野直樹
- ^ 同様の条文は、現行の公職選挙法附則第2項にほぼそのまま残っている
- ^ a b
- ^ 済州島四・三事件と私たち 大阪産業大学藤永壯教授HP
- ^ “Ghosts Of Cheju A Korean Island's Bloody Rebellion Sheds New Light On The Origin Of The War” (英語). ニューズウィーク. (2000年6月19日) 2010年1月24日閲覧。
- ^ a b “第022回国会 衆議院法務委員会 第23号”. 衆議院 (1955年6月18日). 2010年2月19日閲覧。
- ^ “拷問・戦争・独裁逃れ…在日女性60年ぶり済州島に帰郷へ”. 朝日新聞 (2008年3月29日). 2008年3月29日閲覧。
- ^ a b c 金敬得 「第2章 在日コリアンにとって、国籍と地方参政権とは」『日・韓「共生社会」の展望―韓国で実現した外国人地方参政権』 田中宏、金敬得編、新幹社、2006年、25-36頁。ISBN 978-4884000448。
- ^ 金賛汀 (2007年1月). 在日義勇兵帰還せず 朝鮮戦争秘史. 岩波書店, p. 200. ISBN 4000230182
- ^ 「参政権」は必要か(上)/背景に不純な動機 朝鮮新報
- ^ その他、特例として旧日韓特別法に基づく永住の許可を受けて在留していた者で、再入国の許可を受けることなく出国し、外国人登録法の一部を改正する法律(平成11年法律第134号)の施行の日(2000年2月18日)において入管法別表第二の上欄の在留資格をもって在留しているものが、同日以降、同欄の永住者の在留資格をもって在留するに至ったときも特別永住者の資格を取得するが、これは指紋押捺拒否運動により再入国の許可得られないまま出国し、永住者資格を喪失した者に対する救済措置として特定の個人(該当者1名)を対象として特別に特別永住者資格が与えられたものである。
- ^ 二重国籍者で、日本国籍を離脱したり選択しないことにより日本国籍を喪失する場合をさす。
- ^ 正確には、さらに以下のいずれかの要件を満たすことが必要である。
一 平和条約国籍離脱者の子
二 前号に掲げる者のほか、当該在留する者から当該平和条約国籍離脱者の孫にさかのぼるすべての世代の者(当該在留する者が当該平和条約国籍離脱者の孫であるときは、当該孫。以下この号において同じ。)について、その父又は母が、平和条約国籍離脱者の直系卑属として本邦で出生し、その後当該世代の者の出生の時(当該出生前に死亡したときは、当該死亡の時)まで引き続き本邦に在留していた者であったもの - ^ 金嬉老氏、日本に入国許可要請へ 産経新聞 2010.2.27[リンク切れ]
- ^ 外国人指紋登録を来年下半期から実施、法務部 聯合ニュース 2009/04/03 閲覧
- ^ 外国人に指紋と「顔の情報」提出を義務付けへ 朝鮮日報 2009/04/07 閲覧
- ^ 在留資格別外国人登録者数の推移(平成18年~平成22年)
- ^ 外国人登録、中国籍トップ、韓国・朝鮮籍を抜く(産経新聞2008年6月3日)[リンク切れ]
- ^ 都道府県別在留資格(在留目的)別外国人登録者(その2 韓国・朝鮮)
- ^ アジア歴史資料センターリファレンスコード A05020306500「昭和21年度密航朝鮮人取締に要する経費追加予算要求書」。1959年6月16日朝日新聞 「密入出国をした朝鮮人がかなりいると見られているが、警視庁は約20万人としている」
- ^ a b 2000年9月26日産経新聞
- ^ 2005年5月18日テレビ朝日『ワイド!スクランブル』マルハン韓昌祐会長証言と番組での解説
- ^ 2008年2月27日読売新聞、2008年2月28日読売新聞
- ^ 法務省「国籍選択について」
- ^ [1]参照。
- ^ ウィキペディア英語版「外国人参政権」参照
- ^ [2]米大使館サイト
- ^ 在日本米国大使館「二重国籍」
- ^ a b 国籍(出身地)別在留資格(在留目的)別外国人登録者 独立行政法人統計センター
- ^ a b “外国人の選挙権導入は憲法に違反する”. 読売新聞. (2010年2月15日) 2010年2月20日閲覧。
- ^ 園部逸夫の発言節を参照
- ^ 植民地では経済的な困窮から、内地(日本本土や沖縄)や南樺太などへ出稼ぎとして移住する者も多かった。
- ^ 樺太は、内地からの移住者が多かったため、内地の法律が適用された(1943年に内地に編入)。
- ^ 総督は日本の陸海軍大将などが天皇から任命されて就任した。
- ^ 朴春琴は在日朝鮮人労働者の相互扶助団体「相愛会」を設立(会長:李起東)し、自らは副会長に就任していた。1928年には理事長に朝鮮総督府警務局長、警視庁特高課長を務めた丸山鶴吉を迎え、親日融和を標榜する政府御用団体として成長した。東京4区は戦前に在日朝鮮人が多く住んでいたが、有権者としてははるかに多数派であった日本人の支持を得るため日本の大陸進出を推し進める政策を主張した。朝鮮統治にとって好ましい候補者であったため朝鮮総督府や軍から支持された。
- ^ 清瀬一郎らの主張により、旧植民地出身者(朝鮮・台湾・樺太人。ただし樺太のアイヌは除く)を戸籍から外し、その上で戸籍法の適用を受けない者の参政権を「当分ノ内停止」する内容の、衆議院議員選挙法改正案を可決した。同様の条文は、現行の公職選挙法附則第2項にほぼそのまま残っている
- ^ 金賛汀. 在日義勇兵帰還せず 朝鮮戦争秘史. 岩波書店, p200.
- ^ 金賛汀. 在日義勇兵帰還せず 朝鮮戦争秘史. 岩波書店, p224.
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