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航空軍事用語辞典++

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【特別攻撃】(とくべつこうげき)

車両・艦船・航空機等が、人が乗り込んだまま目標に突入し、打撃を与える攻撃方法。
無論、生還の望みは一切無い。

「特攻」と略された言い方が一般的で、今日では「体当たり攻撃」と同義語に扱われる事が多い。

被弾をするなどして帰還ができなくなった際にやむなく敵に突入するということは欧米でもあり、日本でもノモンハン事変ミッドウェイ海戦等で個人の意志により行われていたが、組織的に行われたのは太平洋戦争末期の日本のみであった。
マリアナ沖海戦で初めて軍としての組織だった攻撃が行われた後、桜花等の特攻機や、回天震洋等様々な特攻用兵器が開発された。
現在この戦法は「最低最悪の用兵の道から外れた戦法」と批判されている。
なお、機体故障や会敵しなかった場合は帰還する事になっていた。

初期には部隊に、直掩兼戦果確認として戦闘機が付く事もあった。
だが早期に捕捉され、乗機もろとも撃ち落される事が多かった。
しかしながら、上手く突入できた機体は、通常の水平爆撃を超える戦果を上げている。

米軍も被害を見て、駆逐艦をピケット艦と呼ばれる哨戒任務に割り当てた。
これにより艦隊本体への攻撃を避けようとしたが、必然的にピケット艦に被害が集中し、非常に人気の無い任務であった。

江田島の海上自衛隊敷地内の教育参考館には、いわゆる玉音放送の後に出撃した宇垣中将と同伴した部下を除く、航空機特攻に参加した全搭乗員の名が記されている。


なお、組織的な航空機を利用した体当たり攻撃は世界で最初ではなく、ソ連軍が先に実施している。


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特別攻撃隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/24 23:47 UTC 版)

(特別攻撃 から転送)

1944年11月25日、空母エセックス」に突入直前の第4神風特別攻撃隊「香取隊」の艦上爆撃機「彗星」(山口善則一飛曹・酒樹正一飛曹搭乗)
1945年4月12日、知覧基地より出撃する陸軍特別攻撃隊第20振武隊穴沢利夫少尉(のち大尉)操縦の一式戦闘機三型甲「隼」と、それを見送る知覧町立高等女学校(現鹿児島県立薩南工業高等学校)の女学生達
1945年4月11日、戦艦ミズーリに突入寸前の神風特別攻撃隊「第5建武隊」の零式艦上戦闘機(石井兼吉二飛曹あるいは石野節雄二飛曹搭乗)

特別攻撃隊(とくべつこうげきたい)とは

  • 太平洋戦争末期に日本軍が編成した、生還の可能性の無い(主に航空機による)連合国軍艦艇に対する体当たり攻撃を実行するための部隊。戦後から現在まで、普通に「特攻」と呼んだ場合はこれを指す。特攻隊(とっこうたい)・特攻(とっこう)と略す場合が多い。外国語においても「Tokko」(トッコウ)「Kamikaze」(カミカゼ)とは戦死を前提とした体当たり・自爆攻撃として通じている。本項参照。
    • 水中特攻、水上特攻に関しては本項の戦法の節の水上・水中特攻を参照、または戦艦大和以下第二艦隊の沖縄水上特攻に関しては坊ノ岬沖海戦を参照。
    • 陸上特攻に関しては本項の戦法の節の陸上特攻を参照
    • B-29への体当たり攻撃については本項の戦法の節の空中特攻を参照、または震天制空隊飛行第244戦隊を参照。
    • 日本以外の各国軍隊における特攻事例は本項の諸外国における特攻事例の節を参照。またはドイツ空軍の『エルベ特別攻撃隊』などの各項を参照
  • 日本海軍が漸減作戦用に開発した甲標的を用いて編成した泊地攻撃部隊。低い確率ながら生還の可能性もあり、作戦的に帰還者受け入れの準備も成されていた。このような通常の兵器ではない兵器も「特攻(特種攻撃)」兵器のカテゴリーに入るため、通例で言う特攻としばしば混同されることに注意を要する[1]



  1. ^ 、突入失敗で海面に激突し、奇跡的に助かった航空機乗員の例もあるが極めて稀なことであった。
  2. ^ この号の神風特別攻撃隊出撃の映像は、この模様を撮った稲垣浩邦の記録によれば10月25日ではなく、10月21日に撮影されたものである
  3. ^ この決死の攻撃は成功せず、結局魚雷1本が命中した。この件に関しては事実は体当たりではなく、魚雷を知らせる為に離陸直後に急激な操作を行った為の墜落という説もある。
  4. ^ 反面、夜間飛行や編隊空戦、無線電話や防弾装備などについては海軍に比べ陸軍の方が優れており、総合的にみて陸海の航空部隊や乗員の力量に大差はない。渡辺洋二『液冷戦闘機 飛燕 日独合体の銀翼』文春文庫、2006年
  5. ^ 久納は未確認ながらも、豪重巡に突入したのではないかとも言われている。
  6. ^ 関は元々艦上爆撃機乗りであったが、この作戦の直前に急遽戦闘機乗りとして一航艦に異動になっており、意図的に第一号にされたのではないかという説もある。
  7. ^ 翌日西沢は搭乗していた輸送機を撃墜されて戦死し、これが生涯最後の任務となる
  8. ^ 但し特攻隊に編入されたとはいえ、南少尉、角田少尉ともに直掩隊として出撃しており、戦死した南少尉は本述にもあるように、直掩任務中に米軍機と交戦あるいは対空砲火によって撃墜された可能性がある
  9. ^ 但し、坂井少尉の事例は特攻戦法正式導入以前の例ではある。坂井三郎「大空のサムライ」より
  10. ^ 菅野には特別攻撃の開始にあたり、最初の特別攻撃隊隊長として菅野がほぼ内定していたものの、その直前に当時所属していた201空が新しく受領する零戦のテストのため本土に帰国していたため、菅野と海軍兵学校の同期である関行男大尉が神風特別攻撃隊「敷島隊」隊長として任命されたという経緯があった。
  11. ^ 兵→飛行兵曹長・下士官→少尉、士官→二階級
  12. ^ 部隊間で徹底されていなかった為、例えば、同部隊で出撃した搭乗員でも「進撃中に迎撃機に攻撃されている事を基地に無線連絡後に未帰還」は戦果無しとし通常の戦死者の1階級特進留まり、「進撃中に消息不明で未帰還」は戦果を挙げたものと認め特攻による特進が認められる、というような矛盾も見られた。またこの様な例も出撃した時期によって様々であった。[要出典]
  13. ^ 遺族に支給される軍人恩給の金額は階級により差があった。
  14. ^ “戦果が確認されていないために手続きが後回しになった結果”との見方もある。
  15. ^ 真珠湾攻撃時、航空母艦加賀の戦闘機隊長
  16. ^ この攻撃は玉音放送後の戦闘行動として、特攻扱いにはならず、また戦死扱いにもなっていない。
  17. ^ 英軍の空母の被害は米軍よりもかなり少ない。
  18. ^ 当時のアメリカ軍の戦闘機は2000馬力級、時速600-700km級。
  19. ^ 「艦艇で追跡出来てしまう程に遅い」という皮肉。
  20. ^ うち1回は、1機のB-29の水平尾翼を自機のプロペラでかじり取った後、そのまま、そのB-29の背面に馬乗りになった状態で飛行し、そのB-29が失速して高度を下げ始めた直後に、体当たり時に損傷を受けた機体を巧みに操縦して東京郊外の農地に不時着した。終戦時は軍曹。現在も健在
  21. ^ 単純に全てをTNT火薬だとすると広島型原爆約10発分の威力
  22. ^ 「彗星」や「銀河」などと比較すると、特攻に投入された機体は極めて少数であった。
  23. ^ 工場生産における品質管理の思想が日本に入るのは戦後の朝鮮特需の時であり、この当時は量産品に関しては生産量優先で品質は全く考慮されていない。例としては層流翼を採用した紫電の完成機は、工作不良による左右の主翼揚力や主翼取付け角の不均衡により真っ直ぐ飛ばない機体の方が多かったと言われる
  24. ^ 例えば45年3月19日の九州沖航空戦時の空母フランクリン(これは、日本海軍機の急降下奇襲爆撃による被害であるが)では、戦死だけで739名というダメージコントロールにあたる人員そのものが大量に失われた
  25. ^ 大西に関しては戦後彼を知る複数の人間が口を揃えて「もし、特攻によって戦争に勝っていたとしても、彼は自決していただろう」と証言している。[要出典]
  26. ^ その後、配置転換され満州の敦化に赴き、その地で終戦を迎えた後、ハバロフスク収容所に抑留され、1955年4月18日に引揚船で帰国した(富永恭次#敵前逃亡より)。
  27. ^ 着弾寸前に脱出することになっていたが、操縦席後方にパルス・ジェット・エンジンがあることや、狭いコクピット等を考慮すると実際には脱出は極めて困難であったと考えられている(V1飛行爆弾#Fi-103の派生型より)。
[ヘルプ]
  1. ^ 「図説 帝国海軍特殊潜航艇全史」(奥本剛)などより
  2. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 327頁
  3. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 326頁
  4. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 330-333頁
  5. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 328頁
  6. ^ 戦史叢書56海軍捷号作戦(2)フィリピン沖海戦 108-114頁,戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 346頁,戦史叢書17沖縄方面海軍作戦 705-706頁
  7. ^ 戦史叢書17沖縄方面海軍作戦 708-709頁
  8. ^ a b c d e f 大貫健一郎・渡辺考『特攻隊振武寮』p.48 - 49
  9. ^ 『特攻隊振武寮』p.53
  10. ^ a b c d 『特攻隊振武寮』P.55
  11. ^ 『特攻隊振武寮』p.57
  12. ^ a b c d 『特攻隊振武寮』p.69
  13. ^ NHK番組の「ETV特集」『許されなかった帰還 〜福岡・振武寮 特攻隊生還者たちの戦争〜』(2006年10月21日 22:00-22:45放送,NHK教育)
  14. ^ 土井全二郎『失われた戦場の記憶』80-86頁(光人社 2000年)
  15. ^ a b c d e f g h i j 『日本のカミカゼに触発』独・エルベ特攻隊ウェブ魚拓) TOKYO Web(東京新聞)2008年5月25日掲載・東京新聞 2008年5月25日朝刊
  16. ^ 『特攻隊振武寮』p.53
  17. ^ 『特攻隊振武寮』p.57
  18. ^ 『特攻隊振武寮』p.70
  19. ^ 『特攻隊振武寮』P.71 - 72
  20. ^ NHK番組の「ETV特集」『許されなかった帰還 〜福岡・振武寮 特攻隊生還者たちの戦争〜』(2006年10月21日 22:00-22:45放送,NHK教育)
  21. ^ #重爆特攻3頁
  22. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p322
  23. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p322-324
  24. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p325-326
  25. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p326-327
  26. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p34-39
  27. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p327
  28. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p328
  29. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p331-333
  30. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p212-216
  31. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p346
  32. ^ 金子敏夫『神風特攻の記録』p224
  33. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p503-504
  34. ^ 神立尚紀『特攻の真意』 p126-127
  35. ^ 戦史叢書56海軍捷号作戦(2)フィリピン沖海戦 p111-114
  36. ^ 戦史叢書17沖縄方面海軍作戦 708-709頁
  37. ^ 神風 > 最初の特攻 > 最初の特攻 隊長関行男大尉より
  38. ^ 中島正/猪口力平『神風特別攻撃隊の記録』 ISBN 4-7928-0210-5
  39. ^ (当時)副司令玉井浅一副長による戦後の証言より
  40. ^ 『昭和の名将と愚将』 ISBN 978-4-16-660618-4
  41. ^ 『白菊特攻隊 還らざる若鷲たちへの鎮魂譜』 ISBN 4-7698-2363-0
  42. ^ 予備学生のつぶやき(4)大村航空隊元山分遣隊1より
  43. ^ 『特別攻撃隊』(特攻隊慰霊顕彰会)より
  44. ^ 土井全二郎『失われた戦場の記憶』212-220頁(光人社 2000)
  45. ^ #重爆特攻59-60頁
  46. ^ #重爆特攻61頁
  47. ^ 『特攻隊振武寮』p.57
  48. ^ a b 『海軍飛行科予備学生・生徒史』より
  49. ^ a b戦史叢書95 海軍航空概史』付表より
  50. ^ 『特別攻撃隊全史』(特攻隊慰霊顕彰会)より
  51. ^ 『修羅の翼 零戦特攻隊員の真情』光人社 ISBN 4-7698-1041-5
  52. ^ #重爆特攻131-133頁
  53. ^ 『零戦撃墜王』光人社NF文庫 ISBN 4-7698-2050-X
  54. ^ 加藤寛一郎によるインタビュー『零戦の秘術』講談社文庫P.304
  55. ^ New York Times,THE SATURDAY PROFILE; Shadow Shogun Steps Into Light, to Change Japan. Published: February 11, 2006. accessed February 15, 2007
    International Herald Tribune, Publisher dismayed by Japanese nationalism. Published: February 10, 2006. accessed March 11, 2007
  56. ^ 特攻花の真実 より
  57. ^ 戦史叢書45大本営海軍部・聯合艦隊(6)第三段作戦後期 p322-324
  58. ^ 一例として、1945年5月29日飛行第5戦隊静岡県榛原町上空にて横浜へ爆撃(横浜大空襲)に向かうB29の大編隊に対して屠龍にて体当たり攻撃を行い、一機撃墜し散華した河田清治少尉がいる(参考資料:[1][2]インターネット・アーカイブ)・『内なる祖国へ』ISBN 978-4-562-03873-2
  59. ^ 大井篤『海上護衛戦』 ISBN 978-4059010401
  60. ^ #重爆特攻155-156頁
  61. ^ ラッセル・スパー『戦艦大和の運命』153頁
  62. ^ ラッセル・スパー『戦艦大和の運命』148頁
  63. ^ ラッセル・スパー『戦艦大和の運命』150頁
  64. ^ ラッセル・スパー『戦艦大和の運命』153頁
  65. ^ Yahoo!ニュース時事通信2006年11月15日「旧日本軍の航空特攻作戦、命中効果率は56%=予想以上の戦果-米軍機密文書」(参考資料[3][4])より
  66. ^ 原勝洋『写真が語る「特攻」伝説』ベストセラーズ ISBN 9784584189795
  67. ^ 神戸新聞 2006年11月15日(時事通信 後半部分:参考資料)より
  68. ^ 東海大学教養学部人間環境学科 鳥飼行博研究室 Torikai Lab Network「カミカゼ特攻機命中率56%の虚構」より
  69. ^ 小沢郁郎『つらい真実─虚構の特攻隊神話』ISBN 978-4-88621-014-2
  70. ^ 特集「神風特別攻撃隊」特攻による戦果より
  71. ^ 神風 > 外国人から見た"KAMIKAZE" > 特攻に対する米軍報告(「ドキュメント神風」)より
  72. ^ 金子敏夫『神風特攻の記録』p225
  73. ^ 『NAVAL WEAPONS OF WORLD WAR TWO』(Conway)より
  74. ^ 戦史叢書93大本営海軍部・聯合艦隊(7)戦争最終期p475
  75. ^ 高木俊朗『陸軍特別攻撃隊』1/2/3(文春文庫、1986年) 1/ ISBN 4-16-715104-9、2/ ISBN 4-16-715105-7、3/ ISBN 4-16-715106-5
  76. ^ #重爆特攻4頁
  77. ^ NHKスペシャル取材班『日本海軍400時間の証言 軍令部参謀たちが語った敗戦』神立尚紀『特攻の真実』など
  78. ^ 加藤浩『神雷部隊始末記』p70『海軍神雷部隊』戦友会編など
  79. ^ 『日本海軍400時間の証言 軍令部参謀たちが語った敗戦』NHKスペシャル取材班
  80. ^ 『自死の日本死』、モーリスパンゲ著、竹内信夫訳 :第12章『奈落の底へ』ISBN 4062920549
  81. ^ 「自爆テロ」 旧日本軍が世界に残した負の遺産―ハマス党員、スリランカのLTTE兵士にまでその名をはせる「カミカゼ」田中龍作ジャーナルより
  82. ^ a b 三浦耕喜『ヒトラーの特攻隊 歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち』作品社 ISBN 9784861822247
  83. ^ a b 秦郁彦『第二次大戦航空史話(上)』中央公論社、1996年、ISBN 978-4122026940






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