三省堂 大辞林 |
映画情報 |
点と線
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1958 |
| 配給: |
| スタッフ | |
| 監督: | 小林恒夫 コバヤシツネオ |
| 原作: | 松本清張 マツモトセイチョウ |
| 脚色: | 井手雅人 イデマサト |
| 企画: | 根津昇 ネヅノボル |
| 撮影: | 藤井静 |
| 音楽: | 木下忠司 キノシタタダシ |
| 美術: | 田辺達 |
| 編集: | 祖田富美夫 ソダフミオ |
| 録音: | 大谷政信 オオタニマサノブ |
| 照明: | 川崎保之丞 カワサキヤスノジョウ |
| キャスト(役名) |
| 南廣 ミナミヒロシ (三原紀一) |
| 山形勲 ヤマガタイサオ (安田辰郎) |
| 高峰三枝子 タカミネミエコ (安田亮子) |
| 加藤嘉 カトウヨシ (鳥飼重太郎) |
| 志村喬 シムラタカシ (笠井警部) |
| 堀雄二 ホリユウジ (捜査第二課長) |
| 河野秋武 コウノアキタケ (土屋刑事) |
| 成瀬昌彦 ナルセマサヒコ (佐山憲一) |
| 小宮光江 コミヤミツエ (お時) |
| 月丘千秋 ツキオカチアキ (八重子) |
| 光岡早苗 ミツオカサナエ (とみ子) |
| 奈良あけみ ナラアケミ (まゆみ) |
| 三島雅夫 ミシママサオ (石田部長) |
| 増田順二 マスダジュンジ (佐々木事務官) |
| 明石潮 アカシウシオ (長谷川医師) |
| 神田隆 カンダタカシ (佐山の兄) |
| 戸田春子 トダハルコ (お時の母) |
| 吉川英蘭 ヨシカワエイラン (河西) |
| 花澤徳衛 ハナザワトクエ花沢徳衛 (果物屋の親爺) |
| 清村耕次 キヨムラコウジ (勤め人風の男) |
| 斎藤紫香 サイトウシコウ (庶務部長) |
| 永田靖 ナガタヤスシ (大島刑事部長) |
| 曽根秀介 ソネシュウスケ (石井刑事) |
| 楠トシエ クスノキトシエ (かき舟の女中) |
| 風見章子 カザミアキコ (海風荘女将) |
| 織田政雄 オダマサオ (警察医) |
| 解説 |
| ベストセラーとなった松本清張の同名小説の映画化で、「太閤記」の井手雅人が脚色、「月光仮面(1958)」の小林恒夫が監督した推理映画。撮影は「地獄の午前二時」の藤井静。「波止場がらす」の新人南廣に、山形勲・高峰三枝子・志村喬らのベテランが顔を揃える。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 冬の博多郊外、香椎湾の海岸の黒い岩の上に、男女の死体が並んでいた。検証の結果、合意の上の心中死体と断言された。男は○○省の課長補佐・佐山、女は東京赤坂の料亭小雪の女中・お時と判った。佐山の遺留品の中に、列車食堂の受取証があった。御一人様と書かれてある。老練の鳥飼刑事はそれに疑問を持った。男女は同じ汽車で来たのではないのか。博多の旅館を洗うと、佐山は一月十四日あさかぜ号で東京を発ち、東中洲の丹波屋に泊り、二十八日の夜、女性からの電話で宿を出、そのまま香椎海岸へ向ったらしいのだ。「小雪」の女中・八重子は東京駅で出発する二人を見かけたといった。一カ月後、警視庁捜査二課の三原刑事は福岡署へ向った。心中が汚職事件に関係あるとにらんだのだ。鳥飼の案内で現場を調べる。鳥飼は一人で調べた結果を話した。事件直前、二人を見かけたものがいる。しかし、女の方がお時らしくなかったことなどを−−。が、確証はなかった。三原は帰京した。東京駅で、八重子の証言を思いだした。彼女はなぜこの頻繁な列車発着の中で、ホームをへだてた佐山・お時を見ることができたのか。助役室で、ダイヤグラムを調べ、一日に一回、あさかぜ発車の直前に四分間だけ十三番ホームから十五番ホームを見わたせることを知った。三原は八重子から、安田という男に佐山たちの姿を教えられたことを聞きだす。安田は○○省出入りの機械商人だ。○○省の石田部長と親しいらしい。彼に会うと、あの日は鎌倉で静養している妻に会うため東京駅へ行ったといった。心中事件当日は、北海道に出張していたもいう。三原は安田の妻・亮子を鎌倉に訪ねた。一冊の汽車の時刻表が枕元にあった。彼女の随筆に、彼女が時刻表に日ごろ親しむことが書いてあった。安田は証言どおり、事件当日、北海道で河西という男にあっていた。飛行機を使ったのか。青函連絡船の乗客名簿に、彼の自筆の署名が残っていた。しかし、ちょうど彼と同じ頃汚職の中心・石田部長が部下の佐々木を連れ、北海道へ出張していたことが判った。名簿には佐々木の名がない。三原は佐々木を問いただし、安田のアリバイを割った。−−やはり、飛行機を使っていた。アリバイ作成には石田、佐々木らが協力していた。彼らは汚職の鍵をにぎる佐山を殺す必要があった。安田はそれを請負った。亮子は心中事件を計画した。亮子は夫の女、お時を憎んでいたのだ。目撃者づくりやアリバイはみんな彼女が立案した。海岸で、別別に亮子は佐山を、安田はお時を殺し、死体を並べて置いたのだ。−−安田は破局を知り、囲い女を連れて逃げる寸前、亮子に毒殺される。三原たちが駈けつけたとき亮子も毒を飲んで、そばに倒れていた。 |
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点と線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 09:12 UTC 版)
『点と線』(てんとせん)は、松本清張の長編推理小説。『旅』1957年2月号から1958年1月号に連載され、1958年2月に光文社から単行本が刊行された。後に電子書籍版も発売されている。
1958年に東映系で映画化、また2007年にテレビドラマ化されている。
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- ^ ミステリー史上における本作の位置づけについて、平野謙は、アリバイ崩しそれ自体は、日本でも蒼井雄や鮎川哲也らが早くから手がけているが、本作はリアリティの点で卓越していると評価し、また、クロフツをアリバイ破りの完成者のひとりと位置づけながら、犯行動機をもっぱら個人悪に求めたクロフツに対して、本作では個人悪と組織悪の混合に求めている点が新しく、そこに清張のオリジナリティがあると分析している。『松本清張全集 第1巻』(1971年4月、文藝春秋)巻末の平野による解説を参照。
- ^ このため、現在でもしばしば清張の代表作とみなされている。もっとも、著者自身は、光文社の単行本の「あとがき」において、「この小説では、いわゆる謎解きのほうにウエイトを置いて、動機の部分は狭くした」ため少々不満の残る旨を述べている。また江戸川乱歩に対して、『点と線』(と『眼の壁』)は習作的な作品にすぎないという発言もしている。「これからの探偵小説」(『宝石』1958年7月号掲載、『江戸川乱歩と13の宝石 第2集』(2007年、光文社文庫)等に収録)参照。ただし、『文藝年鑑』に提出する葉書の「代表作」欄には毎年「点と線」と書き続けており(藤井康栄『松本清張の残像』(2002年、文春新書)88-89頁参照)、清張が少なくとも建前上は本書を代表作としていたことは確かである。また、日本のミステリーの歴史において、この作品を、いわゆる社会派推理小説の発火点と位置づけることもあるが、社会派推理小説の呼称が喧伝されるようになるのは本作発売後しばらく後のことであり、本作の発売に相伴ってこのキャッチコピーが使われたわけではない。清張自身は、この呼称に距離を置き、また適当ではないと明言している。エッセイ集『随筆 黒い手帖』(1961年)、エッセイ『グルノーブルの吹奏』(1988年)など参照。
- ^ のちの『時間の習俗』では捜査一課に転属している。
- ^ 『ミステリー最高傑作はこれだ!』(2004年、青春出版社)
- ^ 前述の平野謙は「いかにして空白の4分間に佐山とお時に15番線を確実に歩かせるのかトリックが説明されていない」と指摘している。『松本清張全集 第1巻』または新潮文庫版(1971年5月)の平野による解説を参照。近年の長所短所併せた評価としては、有栖川有栖による文春文庫版(2009年)解説がある。
- ^ 『点と線』の原稿料は1枚1500円であった。塩澤実信『出版社の運命を決めた一冊の本』(1980年、流動出版)中の第7章「光文社と松本清張の『点と線』」参照。
- ^ 戸塚文子「『点と線』の頃」(『松本清張全集 第1巻』付属の月報に掲載、後に『松本清張の世界』(1992年、文藝春秋臨時増刊、2003年、文春文庫)に再掲)を参照。
- ^ いわゆる空白の4分間を発見し清張に報告したのは交通公社の従業員だった、と清張自身述べたことがある。清張と斉藤美智子との対談「推理小説の魅力」(『主婦の友』1959年9月号掲載、『文学と社会-松本清張対談集』(1977年、新日本出版社)収録)参照。他方、当時『旅』の編集部員であった岡田喜秋は、自分がプライベートで空白の4分間を発見した旨を述べている。岡田によれば、「「四」は「死」に通じるので、これは使えると思ったところが、さすが清張さんである」という。岡田「『点と線』の余韻」(『交通新聞』2011年1月25日付掲載)参照。
- ^ 塩澤『出版社の運命を決めた一冊の本』参照。
- ^ 岡田『旅する愉しみ』(1998年、ほるぷ出版)参照。
- ^ 戸塚「『点と線』の頃」参照。
- ^ 佐野洋との対談「清張ミステリーの奥義を探る」(『発想の原点-松本清張対談集』(1977年、双葉社、2006年、双葉文庫)収録)で、清張は以下のように発言している。「はっきり言って、『点と線』が自分では好きでなかったんだよ。むしろ同時に書いてた『眼の壁』の方に気合いが入っていたんだな。当時、『眼の壁』の方は非常に反響があったわけだけど、『点と線』は何の反響もないんだよ。何か、虚空に向かって球を投げているような感じだったんだ」。
- ^ 戸塚「『点と線』の頃」、塩澤実信『ベストセラー作家 その運命を決めた一冊』(2009年、北辰堂出版)中の第2章「松本清張と『点と線』」参照。
- ^ 戸塚「『点と線』の頃」、塩澤『ベストセラー作家 その運命を決めた一冊』参照。
- ^ 神吉晴夫『現場に不満の火を燃やせ』(1963年、オリオン社)55頁以降、または同著者による「カッパ兵法-人間は一回しか生きない」(1966年、華書房)59頁以降参照。
- ^ 光文社の出版部門を担当していた伊賀弘三良によれば、単行本『点と線』の初版は5000部からのスタートであったが、20万部近くに達し、日本の推理小説の単行本としては空前の売れ行きとなった。2年後の1960年7月に刊行されたカッパ・ノベルス版では初版から10万部近くを刷り、カッパ・ノベルス版だけで100万部を突破した。塩澤実信『出版社の運命を決めた一冊の本』(1980年、流動出版)188頁掲載の部数データ(光文社営業調べ)、または佐野洋、半藤一利、郷原宏による座談会「週刊誌創刊時代の松本清張」(『松本清張研究』第8号(2007年、北九州市立松本清張記念館)に収録)を参照。
- ^ 『松本清張(新潮日本文学アルバム)』(1994年、新潮社)88頁、『松本清張全集』第66巻(1996年、文藝春秋)巻末の翻訳出版目録、および Japanese Literature in Foreign Languages 1945-1995 (1997、the Japan P.E.N. Club)を参照。
- ^ テレビドラマ公式サイトを参照。
[続きの解説]
固有名詞の分類
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