映画情報 |
火垂るの墓
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1988 |
| 配給: | 東宝 |
| スタッフ | |
| 監督: | 高畑勲 タカハタイサオ |
| 製作: | 佐藤亮一 サトウリョウイチ |
| プロデューサー: | 原徹 |
| 原作: | 野坂昭如 |
| 脚本: | 高畑勲 タカハタイサオ |
| 作画監督: | 近藤喜文 コンドウヨシフミ |
| 撮影: | 小山信夫 コヤマノブオ |
| 音楽: | 間宮芳生 マミヤミチオ |
| 美術: | 山本二三 ヤマモトニゾウ |
| 製作プロダクション: | スタジオジブリ |
| キャスト(役名) |
| 辰巳努 タツミツトム (清太) |
| 白石綾乃 シライシアヤノ (節子) |
| 志乃原良子 (母) |
| 山口朱美 ヤマグチアケミ (未亡人) |
| 解説 |
| 終戦間近の神戸で親を失くした幼い兄弟が必死で生き抜こうとする姿を描く。野坂昭如原作の同名小説のアニメ化で、脚本・監督は「柳川堀割物語」の高畑勲、作画監督は近藤喜文がそれぞれ担当。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 終戦近い神戸は連日、B29の空襲に見舞われていた。幼い兄妹・清太と節子は混乱のさなか、母と別れ別れになった。清太が非常時の集合場所である国民学校へ駆けつけると、母はすでに危篤状態で間もなく息絶えてしまった。家を焼け出された兄妹は遠縁に当たる未亡人宅に身を寄せた。しかし、うまくいっていた共同生活も、生活が苦しくなるとしこりが出てきた。未亡人は学校へ行かず、防火訓練にも参加しないでぶらぶら遊んでいる二人に対して不満をぶつけるようになった。清太は息苦しい毎日の生活が嫌になり、ある日節子を連れて未亡人の家を出た。そして、二人はわずかの家財道具をリヤカーに積み、川辺の横穴豪へ住みついた。兄妹は水入らずで、貧しくとも楽しい生活を送ることになった。食糧は川で取れるタニシやフナ。電気もないので明りには、蛍を集めて瓶に入れていた。節子は幼心に母の死を知っており、蛍の墓を見ながら偲ぶのだった。しかし、楽しい生活も束の間、やがて食糧も尽き、清太は畑泥棒までやるようになった。ある晩、清太は畑に忍び込んだところを見つかり、農夫にさんざん殴られたあげく、警察につき出されてしまった。すぐに釈放されたものの、幼い節子の体は栄養失調のため日に日に弱っていった。清太は空襲に紛れて盗んだ野菜でスープを作り、節子に飲ませたが、あまり効果はなかった。ある日、川辺でぐったりしていた節子を清太は医者に診せたが、「薬では治らない。滋養をつけなさい」と言われただけだった。昭和20年の夏、日本はようやく終戦を迎えた。清太らの父は海軍にいたが、生還する望みは薄かった。清太は銀行からおろした金で食糧を買い、節子におかゆとスイカを食べさせるが、もはや口にする力も失くしていた。節子は静かに息をひき取り、清太は一人になったが、彼もまた駅で浮浪者とともにやがてくる死を待つだけだった。 |
近代文学作品名辞典 |
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火垂るの墓
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/17 12:01 UTC 版)
『火垂るの墓』(ほたるのはか)は、野坂昭如による日本の小説である。
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- ^ 混声合唱組曲『火垂るの墓』初演リーフレット表紙
- ^ 清太・節子一家が住んでいたとされるのは、武庫郡御影町大字御影字上中・字上西。現在の神戸市東灘区御影本町六丁目・八丁目あたりである。
- ^ 西宮市満池谷町、現在の夙川公園北東部付近にある貯水池(ニテコ池)がモデル。
- ^ ニテコ池のほとりに実在した壕。野坂自身もたびたび避難したという。
- ^ 野坂昭如『私の小説から』(1969年)
- ^ 野坂昭如『五十歩の距離』
- ^ 原作では、清太が池で泳いでいる間に死んでいる。
- ^ ただ、おんぶをせがまれた際はため息をついている。
- ^ 原作においては節子を出産した後に心臓病を患ったと説明されている。
- ^ 包帯も取れない状態で腕の一部が焼け、蛆虫がついていた。
- ^ 劇中で清太は母の遺骨を納めた箱を叔母の家についた直後に庭に隠している。箱は触れられていないが後日墓に納骨した事になる。
- ^ 実際の野坂が疎開した先の叔母は映画のように態度が悪くなっていない。
- ^ テレビ絵本の記述では状況によっては叔母が清太達の家に疎開する可能性も示唆されている。
- ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p113
- ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p123
- ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、p101-p102
- ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、p107-p108
- ^ 『魔女の宅急便』TV初公開時の宮崎駿の発言
- ^ 『アニメージュ』1988年5月号に掲載インタビュー
- ^ 高畑勲『映画を作りながら考えたこと』徳間書店、1991年、p471
- ^ 竹熊健太郎編『庵野秀明 パラノエヴァンゲリオン』太田出版、1997年、p72
- ^ 日経BP社技術研究部 『進化するアニメ・ビジネス―世界に羽ばたく日本のアニメとキャラクター』日経BP社、2000年、47頁。ISBN 4822225542
- ^ 「アニメ『火垂るの墓』今年公開が取り消しに」『朝鮮日報』2005年4月11日
- ^ 【国慶節の翌日】テレビで『火垂るの墓』をやっていた [1]
- ^ 冒頭に出てくる二人と新しくなるドロップの缶は幽霊になったイメージ、幽霊の節子が三宮の駅で倒れる過去の清太の所に行こうとしたのをもう一人の清太が制止するのは「自分も(幽霊になり)ここにいるから心配しなくていい」と言う意味、電車に乗り叔母の家まで行くのは「過去を思い出しに行く」とも言えるシーンで「死人に口なし」という事もことわざもあるように幽霊の清太は冒頭とラストを除き喋らない。
- ^ 1988年5月号『アニメージュ』の監督の発言、ジブリレイアウト展の音声解説より
- ^ 2010特撮ニュータイプ3月号インタビューより
- ^ これは原作においても過去を思い出す人物がいないとは言え清太が亡くなるところから始まるので、現在進行形での展開はその意味でも初めてでもある。
- ^ 正確には「雨の中で倒れる」である。倒れた事が「死んだ」のかは劇中の描写及び日向監督のインタビューでも明確にはされていない。
- ^ 当初の日向監督のインタビューでは「倒れた後、立ちあがる」というラストでそのシーンも撮影されていたと語られておりおそらく尺の都合でカットされた事になる。
- ^ 家に預かるという事をアニメ版と実写版では最初から承知していたが、本作はなぜか知らなかった様子である。
- ^ 最終的に生死不明である清太は除く
- ^ ただし、空襲時の警防団員の描き分けや警察官の制服の生地色や正肩章の装着、佩剣が乗馬勤務者用のものであり釣環の数も多い、略帽を着用していないなど、資料が偏る傾向もみられる。
- ^ 竹熊健太郎編『庵野秀明 パラノエヴァンゲリオン』太田出版、1997年、p69-p70
- ^ 体調が悪い、病気の意。
- ^ 脇、近くという意味。
- ^ ラジオ「ジブリ汗まみれ」の鈴木敏夫の発言。
[続きの解説]
「火垂るの墓」の続きの解説一覧
固有名詞の分類
火垂るの墓に関連した本
- アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫) 野坂 昭如 新潮社
- 火垂るの墓 (徳間アニメ絵本) 高畑 勲 徳間書店
- 火垂るの墓 (ポプラポケット文庫) 野坂 昭如 ポプラ社
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