濱田水輝とは? わかりやすく解説

濱田水輝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/16 06:51 UTC 版)

濱田 水輝
名前
愛称 ミズキ
カタカナ ハマダ ミズキ
ラテン文字 HAMADA Mizuki
基本情報
国籍 日本
生年月日 (1990-05-18) 1990年5月18日(33歳)
出身地 アメリカ合衆国ニュージャージー州
身長 186cm
体重 83kg
選手情報
在籍チーム 大宮アルディージャ
ポジション DF / MF
背番号 26
利き足 右足
ユース
2006-2008 浦和レッズユース(埼玉県立和光国際高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2014 浦和レッズ 27 (0)
2013 アルビレックス新潟(loan) 6 (0)
2015-2017 アビスパ福岡 49 (5)
2018-2023 ファジアーノ岡山 123 (5)
2024- 大宮アルディージャ
代表歴2
2005 アメリカ合衆国 U-15
2006-2007  日本 U-17
1. 国内リーグ戦に限る。2023年11月3日現在。
2. 2009年5月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

濱田 水輝(はまだ みずき、1990年5月18日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州出身のプロサッカー選手Jリーグ大宮アルディージャ所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)、ミッドフィールダー

来歴

アメリカ、ニュージャージー州出身。生後半年のころに家の事情で日本に帰国した[1]。幼稚園在籍中にサッカーを始め[1]、小学校時代は埼玉県和光市内の小学校に通学しながらFC和光リトルイレブンでプレーしていたが、小学校5年時に再びアメリカに渡った。カリフォルニア州所在のデ・アンザ・ヒーターズを経てサンタクララ・スポーティング・ラッカスに所属。2004年、U-15アメリカ合衆国代表候補トレーニングキャンプに招集され[2]、翌2005年には同代表に選出された。

アメリカには中学校3年時まで滞在し、後日本に帰国して浦和レッズユースに入団。帰国半年程前より高校やJリーグのクラブユースに練習参加し、帰国後の進路を模索していたが、クラブユースサッカー選手権高円宮杯の両方で優勝したジュニアユースの選手たちと一緒にプレーすることを希望し、浦和レッズユースを選んだと後にインタビューで語っている[1]。ユース時代はボランチとしてプレー。2008年の高円宮杯U-18で優勝を飾っており、マスコミから山田直輝高橋峻希原口元気らと共に「ユース黄金世代」と称された[3]。また、サテライトでも2007年には4試合、2008年には2試合に出場。2006年、2007年にはU-16、U-17日本代表に選ばれている。2008年10月、山田直輝高橋峻希永田拓也とともにトップチームへの昇格内定が発表された[4]

2009年3月29日ナビスコカップ第2節、対横浜Fマリノス戦で後半41分に山田直輝と交代で途中出場。これがプロデビューとなった。同年6月21日、J1第14節の横浜F・マリノスとの試合において、89分に鈴木啓太と交代で途中出場し、リーグ戦に初出場した[5]

2010年、シーズン当初はベンチ入りすらままならなかった状態だったが、天皇杯2回戦、対東京国際大学戦で先発出場し今季初出場を記録した。その後は徐々に出場機会を増やしていき、12月4日Jリーグ第34節、対ヴィッセル神戸戦で出場停止の山田暢久に替わりセンターバックでプロ入り初のリーグ戦先発出場を果たした。

2011年U-23日本代表では試合出場機会を得ていたが、クラブでは出場はおろか、ベンチ入りも出来ない時期が続いていたが、終盤戦になりようやくセンターバックとして先発出場する試合が増えていったもののロンドンオリンピックのメンバーに生き残ることはできず外れた。

その後、2013年アルビレックス新潟期限付き移籍[6]2014年は浦和に復帰する[7]

2015年1月7日にアビスパ福岡へ完全移籍が決定した[8]

2017年シーズンをもって福岡を契約満了となり[9]ファジアーノ岡山へ完全移籍することになった[10]

2023年シーズンをもって岡山を契約満了となり退団が発表された[11]

2023年12月22日、大宮アルディージャへの完全移籍が発表された[12]

人物

冷静で自身を客観的に見ることが出来ると評されるが、同時に現状を受け入れすぎてしまうとも評され、自身も「メンタルが課題」と語っている[13]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009 浦和 26 J1 1 0 4 0 0 0 5 0
2010 4 0 0 0 3 0 7 0
2011 4 0 3 0 3 0 10 0
2012 13 0 6 0 1 0 20 0
2013 新潟 5 6 0 6 1 1 0 13 1
2014 浦和 12 5 0 3 1 1 0 9 1
2015 福岡 2 J2 26 4 - 1 0 27 4
2016 J1 19 1 5 0 0 0 24 1
2017 J2 4 0 - 2 0 6 0
2018 岡山 4 23 3 - 0 0 23 3
2019 16 0 - 1 0 17 0
2020 40 1 - - 40 1
2021 29 0 - 1 0 30 0
2022 12 1 - 1 0 13 1
2023 3 0 - 2 0 5 0
2024 大宮 26 J3
通算 日本 J1 52 1 27 2 9 0 88 3
日本 J2 153 9 - 8 0 161 9
日本 J3
総通算 205 10 27 2 17 0 249 12

その他の公式戦

代表歴

脚注

  1. ^ a b c 古屋恭平「ロンドン橋を踏破せよ INTERVIEW vol. 22 DF 濱田 水輝」『エル・ゴラッソ』第1009号、スクワッド、東京都、2011年5月11日、13頁。 
  2. ^ US Youth Soccer ODP a Common Thread at U.S. Soccer Under-14 and Under-15 National Team Camps (英語) US Youth Soccer 2004.7.27付記事
  3. ^ “ユース黄金世代”直輝、峻希、元気がプロ初同時先発…浦和 スポーツ報知 2011.7.6付記事(アーカイヴ)
  4. ^ レッズユース4選手、加入内定について[浦和] J's GOAL 2008.10.14付ニュースリリース[リンク切れ]
  5. ^ Jリーグ ディビジョン1 第14節 2009年06月21日(日) 14:04 KICK OFF 浦和レッドダイヤモンズ公式サイト 2014.5.17 22:47 (UTC) 閲覧
  6. ^ 浦和レッドダイヤモンズから濱田 水輝選手 期限付き移籍加入のお知らせ - J's GOALオフィシャルニュース
  7. ^ 濱田水輝 期限付き移籍から復帰のお知らせ - J's GOALオフィシャルニュース
  8. ^ 濱田 水輝 選手 浦和レッズより完全移籍加入のお知らせ - アビスパ福岡オフィシャルニュース2015年1月7日
  9. ^ アビスパ福岡 契約満了選手のお知らせアビスパ福岡公式サイト 2017年12月5日配信
  10. ^ 濱田水輝選手 完全移籍加入のお知らせファジアーノ岡山 2017年12月20日配信
  11. ^ 契約満了選手のお知らせ | ファジアーノ岡山 FAGIANO OKAYAMA”. ファジアーノ岡山[Fagiano OKAYAMA]公式サイト. 2023年11月4日閲覧。
  12. ^ 濱田水輝 選手 ファジアーノ岡山より完全移籍のお知らせ”. 大宮アルディージャ (2023年12月22日). 2023年12月22日閲覧。
  13. ^ アルビプレビュー開幕編2013[要ページ番号]

関連項目

外部リンク





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「濱田水輝」の関連用語

濱田水輝のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



濱田水輝のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの濱田水輝 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS