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みなもと-のよりまさ 【源頼政】

(1104-1180) 平安末期武将従三位進み出家して源三位(げんざんみ)入道と称された。平治の乱では、平清盛につく。1180年以仁王(もちひとおう)を奉じて平氏追討のために挙兵したが宇治敗死宮中(ぬえ)退治などの武勇にすぐれ、和歌にも長じたことから、後世謡曲浄瑠璃などに脚色された。家集源三位頼政卿集」


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源頼政

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/31 06:30 UTC 版)

源 頼政(みなもと の よりまさ)は、平安時代末期の武将歌人
  1. ^ 多賀宗隼「人物叢書 源頼政」(吉川弘文館、1973年)p30
  2. ^ 元木泰雄『保元・平治の乱を読み直す』
  3. ^ 『平家物語』「御輿振」は安元の強訴で頼政が縫殿の陣(朔平門)を守ったとするが、九条兼実は「神輿を射る事、武士の不覚なり。先年成親卿の事に依り、大衆参陣の時、左衛門の陣方、頼政これを禦ぐと雖も、大衆軍陣を敗る能はず、又濫吹を出さず、事の謂はれその人勢今度の万分の一に及ぶべからず」(『玉葉』4月19日条)と記している。これにより頼政が、嘉応元年(1169年)の嘉応の強訴で左衛門の陣(建春門の付近)を守っていたことが確認できる。一方、『玉葉』を見る限り頼政が安元の強訴に出動していたかは定かでなく、「御輿振」のエピソードは嘉応の強訴での活躍を元にした創作の可能性がある。
  4. ^ 関幸彦『合戦地図で見る源平争乱』青春出版社p44。上杉和彦『戦争の日本史6 源平の争乱』吉川弘文館p24-25
  5. ^ 河内祥輔『日本中世の朝廷・幕府体制』吉川弘文館p189-198・204-207


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