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みなもと-のよしひら 【源義平】
(1141-1160) 平安末期の武将。義朝の長男。一五歳の時合戦で叔父の義賢を殺して武名をあげ、悪源太と称された。平治の乱には父に従ったが、敗れて美濃に逃れ、のち再び入京、平清盛らを討とうとして斬られた。
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源義平
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/03 07:29 UTC 版)
源 義平(みなもと の よしひら)は、平安時代末期の武将。- ^ 尊卑分脈
- ^ 清和源氏系図
- ^ (埼玉県比企郡嵐山町)など、大蔵館の場所には諸説有る
- ^ 元木泰雄『保元・平治の乱をよみなおす』(NHKブックス)、野口実『源氏と坂東武士』(吉川弘文館)
- ^ 実際には信頼らは平家を打つ必要には迫られていなかった。近年の平治の乱に対する研究では、清盛は信西と姻戚であると同時に信頼の息子とも婚姻関係を結んでおり、後白河法皇や二条天皇をとりまく勢力や信西、藤原信頼などどの勢力から見ても中立な立場であるという見方が強まりつつあり、中立の立場にある清盛は信頼らの攻撃の対象ではなかったという見方もある。(元木泰雄「保元・平治の乱を読み直す」)
- ^ この義平等の装束については金比羅本等の後出本『平治物語』には記載されているが、古態本には一切出てこない。
- ^ 古態本では朝長に信濃へ行くように命じた記載はない。
- ^ 古態本には志内景澄は登場しない
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「源義平」の続きの解説一覧
- 1 源義平とは
- 2 源義平の概要
- 3 平治物語における義平
- 4 伝承
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