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みなもと-のためよし 【源為義】

(1096-1156) 平安末期武将義家の孫。義朝・為朝・行家の父。源氏の家督を継ぐ。世に六条判官ともいう。保元の乱崇徳上皇方について敗れ、後白河天皇方についた義朝の嘆願及ばず殺された。


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源為義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 11:19 UTC 版)

源 為義(みなもと の ためよし、源爲義)は、平安時代末期の武将。父は源義親。叔父の源義忠暗殺後に河内源氏の棟梁と称す。通称は六条判官陸奥四郎

当初は白河法皇鳥羽上皇に伺候するが度重なる不祥事で信任を失い、検非違使を辞任する。その後、摂関家藤原忠実頼長父子に接近することで勢力の回復を図り、従五位下左衛門大尉となって検非違使への復帰を果たすが、八男の源為朝の乱行により解官となる。保元の乱において崇徳上皇方の主力として戦うが敗北し、後白河天皇方についた長男の源義朝の手で処刑された。


  1. ^ 『尊卑分脈』の記載から源義親の四男とする見解が一般的であるが、佐々木紀一は『尊卑分脈』成立以前の中世系図(北酒出本『源氏系図』、長楽寺本『源氏系図』、妙本寺『源家系図』、『佐竹家系譜』)や藤原忠実の日記『殿暦』天仁2年2月17日条の「義家朝臣四郎男為義」の文言などから、為義は義家の四男であったとする説を提唱している(「源義忠の暗殺と源義光」『山形県立米沢女子短期大学紀要』45、2009年)。
  2. ^ 『尊卑分脈』によれば義親の男子は、為義を含めて6人いる。義親の正室は肥後守・高階基実の娘であるが、義父の基実は義親の乱行により肥後守を罷免され、贖銅の刑を科された。角田文衛は、義信(長男)・義俊(次男)・義泰(三男)・義行(五男)がそれぞれ対馬太郎・対馬次郎・対馬三郎・対馬四郎の呼び名を持つことから、この4人が正室所生の同母兄弟で、為義は庶子だったのではないかと推測している。為義の母の項目には「同義国、中宮亮有綱女」とあるが、これは義家の妻(義国・義忠の母)が為義を養育していたことを示すものと考えられる(角田文衛「源為義の母」『王朝の明暗-平安時代史の研究 第2冊』東京堂出版、1977年)。また、為義を義家の四男とする説(佐々木紀一「源義忠の暗殺と源義光」『山形県立米沢女子短期大学紀要』45、2009年)を採るならば、「同義国、中宮亮有綱女」の記述は養母ではなく実母ということになる。
  3. ^ 『尊卑分脈』の義忠傍注によれば義綱は冤罪であり、真犯人は義綱の弟の義光とされる。
  4. ^ 覚鑁に出した書状の署判は「正六位上源朝臣為義」で官名がない。為義は書状の中で「院のきそくのあしく候へハ、よにはゝかりて何事もしらぬやうにて候也」と苦境を訴えている。
  5. ^ 康治2年(1143年)、摂関家家人の源頼盛と源惟正が私闘を起こすと、為義は忠実の命を受けて頼盛らを拘禁した(『本朝世紀』6月13日条)。一方で、為義が逆に制裁を受けるケースもあり、仁平元年(1151年)には、頼長の命を受けた源頼憲によって為義の摂津旅亭が焼かれている(『本朝世紀』7月16日条)。
  6. ^ 後年、源通親の推挙で大江広元が左衛門大尉に任じられた際、九条兼実は為義の例を引き合いに出し「上古大尉に任ず。近代頗る希」と記している(『玉葉建久2年(1191年)4月1日条)。
  7. ^ 熱田大宮司季範の娘を母とする頼朝は久安3年(1147年)生まれなので、義朝の上京は遅くても久安2年(1146年)と見られる。


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