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源在子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/10/20 10:15 UTC 版)

源 在子(みなもと の ざいし、承安元年(1171年) - 正嘉元年7月5日1257年8月15日))は、第82代後鳥羽天皇の妃で、第83代土御門天皇の生母。父は法勝寺執行能円。母は藤原範兼の女藤原範子。正二位内大臣源通親の養女。同母弟に久我通光土御門定通中院通方がいる。院号承明門院(しょうめいもんいん)。法名真如妙(しんにょみょう)。


  1. ^ 「美福門院の例」とは『古事談』で述べられている崇徳天皇鳥羽天皇の実子ではなく、崇徳の母待賢門院が鳥羽の祖父白河法皇と密通してできた子であり、それを知った鳥羽は美福門院を寵愛するようになった話である。しかし、在子の母範子が死去したのは正治2年(1200年)で、重子が順徳天皇を生んだのはその3年前の建久8年(1197年)であり矛盾する。美川圭は、後鳥羽が重子を寵愛するようになったのを在子の密通のせいにするのは、『愚管抄』が建久七年の政変で天台座主の地位を追われた慈円によって書かれたものであるためと推測している。また、美川はこの文面から土御門の父が通親であると解釈できる可能性を指摘している(美川 2006年)。


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