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みなとがわ-のたたかい ―がは―たたかひ 【湊川の戦い】
建武政府の崩壊と足利幕府の成立を決定させた合戦。1336年5月、九州から東上した足利尊氏兄弟の大軍を新田義貞・楠木正成の朝廷軍が摂津兵庫浜の湊川付近に迎え撃ったが、新田勢は敗走し、楠木正成は奮戦のすえ自害。足利軍は京都を占領、南北朝時代が開始されることとなった。
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湊川の戦い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/16 23:47 UTC 版)
湊川の戦い(みなとがわのたたかい)は、南北朝時代の1336年7月4日((建武3年)5月25日)に、摂津国湊川(現・兵庫県神戸市中央区・兵庫区)で、九州から東上して来た足利尊氏・足利直義兄弟らの軍と、これを迎え撃った後醍醐天皇方の新田義貞・楠木正成の軍との間で行われた合戦である。
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