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清須市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 04:50 UTC 版)
(清洲 から転送)
| きよすし 清須市 |
|
|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 愛知県 |
| 団体コード | 23233-5 |
| 面積 | 17.32km² |
| 総人口 | 65,695人 (推計人口、2011年12月1日) |
| 人口密度 | 3,790人/km² |
| 隣接自治体 | 名古屋市、稲沢市、 一宮市、北名古屋市、あま市 |
| 市の木 | 花水木(ハナミズキ) |
| 市の花 | 桜・チューリップ |
| 清須市役所 | |
| 所在地 | 〒452-8569 愛知県清須市須ケ口1238番地 |
| 外部リンク | 清須市役所 |
| 特記事項 | 2005年7月7日に合併し成立した。 |
| ウィキプロジェクト | |
清須市(きよすし)は、愛知県北西部(旧尾張国)の都市の一つ。清洲市は誤表記。2005年7月7日に西春日井郡西枇杷島町・新川町・清洲町が新設(対等)合併して発足。2009年10月1日に同郡春日町を編入した。
目次 |
地理
戦国時代に織田信長の本拠地となった都市として有名である。地形は比較的平坦で、庄内川の下流域にあり、ほとんどの地域が海抜10m未満であるため、2000年の東海豪雨の際には、現在の市域の各所(特に旧西枇杷島町)で多数の浸水被害が生じた。
概要
- 人口:65,958人
- 男性:33,043人
- 女性:32,915人
- 世帯数:26,357世帯
- 人口密度:3,780人/km²
隣接する自治体・行政区
歴史
歴史的に、徳川家康による清洲越しで城下町がまるごと名古屋に移転するまで、尾張の首府として東海の巨鎮と称され、織田信長の青年時代の根拠地清須(清洲)、安土桃山時代に福島正則が城主だった城下町という由緒がある。また江戸時代以後は、美濃街道の宿場町「清須宿」、同街道の市場「枇杷島市」が存在していた。枇杷島市においてはその財力を背景に江戸時代より町内会ごとに名古屋型山車が作られており、江戸時代末期の1802年(享和2年)より尾張西枇杷島まつりが行われている。当祭は、名古屋東照宮の祭礼の形態を引き継ぐ数少ない祭として知られている。
市名の由来
市名の由来は、この地に古くからある地名に由来する。「きよす」の表記は、「清須」と「清洲」の両方が混在しており、歴史書によって異なる。伊勢神宮領を記録した14世紀中頃の『神鳳鈔(じんぽうしょう)』に「清須御厨(きよすみくりや)」として記載されているのが最古の記載としているが諸説ある。江戸時代初期に書かれた書物『三河物語』には「清須」、同時代に書かれた書物『信長公記』には「清洲」と書かれている。合併後の新市名には、前者の「清須」を採用した。
沿革
- 2005年7月7日 - 西春日井郡西枇杷島町、清洲町、新川町が合併し発足。
- 2005年8月7日 - 初代市長選挙実施。
- 2006年4月23日 - 合併後初めての清須市議会議員選挙(定数24)実施。
- 2008年4月1日 - 西春日井郡春日町との合併協議会設置。2010年3月までの合併を目指す、とした。
- 2009年10月1日 - 春日町を編入した。
行政
市長
- 初代-2代 加藤静治(かとう・しずはる)2005年8月7日~(2013年8月6日…任期満了予定)
警察
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- 1 清須市の概要
- 2 姉妹都市・提携都市
- 3 観光
- 4 関連項目