三省堂 大辞林 |
せいねいてんのう ―てんわう 【清寧天皇】
歴代天皇事典 |
清寧天皇
雄略天皇を父とし、母は葛城円大臣(かずらきのつぶらのおおおみ)の娘韓媛。
雄略22年に立太子し、翌23年に雄略が崩御すると皇位についた。
この間に雄略天皇の皇妃吉備稚媛の子星川皇子が皇位を簒奪しょうとしたのでこれを討った。
宮は磐余甕栗宮とされている。
清寧天皇は皇后・皇妃、皇子女がおらず生前に皇太子をたてられなかった。
| 第22代天皇 | |
| 天皇名 | 清寧天皇 |
| 読み方 | せいねいてんのう |
| 名・諱等 | 白髪武広国押稚日本根子命 |
| 読み方 | しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのみこと |
| 時代区分 | 古代 |
| 天皇在位 | 480?年から484?年 |
| 生年 | 生年不詳 |
| 没年 | 没年不詳 |
| 父 | 雄略天皇 |
| 母 | 葛城韓媛 |
| 兄弟 | □□□ |
| 配偶者 | □□□ |
| 皇子女 | □□□ |
| 即位宮 | 磐余甕栗宮 |
| 天皇陵 | 河内坂門原陵 |
| 所在地 | 大阪府羽曳野市西浦 |
歴代天皇陵一覧 |
清寧天皇 河内坂門原陵
(せいねいてんのう こうちのさかどのはらのみささぎ)
![]() |
|
ウィキペディア |
清寧天皇
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/08/05 11:55 UTC 版)
清寧天皇(せいねいてんのう、允恭天皇33年(444年)? - 清寧天皇5年1月16日(484年2月27日))は、第22代天皇(在位:清寧天皇元年1月15日(480年2月11日) - 同5年1月16日(484年2月27日))。御名は白髪皇子(しらかのみこ)。和風諡号は白髪武広国押稚日本根子天皇(しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと)、白髪大倭根子命(古事記)。
|
||||||||||||||||
- 1 清寧天皇とは
- 2 清寧天皇の概要
固有名詞の分類
清寧天皇に関係した商品
- 【送料無料】日本書紀(3)楽天ブックス
- 【送料無料】 日本書紀 2 中公クラシックス / 井上光貞 【新書】HMV ローソンホットステーション R
- 湯川温泉・ゆかし潟周辺、別途隣接地の宅地、国道に面した畑・山林の3カ所が別途含湯川温泉にある源泉つき5万5000坪の山林(普通林)マウンテンボイス
