深井英五とは?

深井 英五 (ふかい えいご)

深井 英五

氏 名
就 任
退 任
出身県:
深井 英五 (ふかい えいご
昭和10. 6. 4
昭和12. 2. 9
群馬県

 深井英五は、ジャーナリストとして活躍した後に日本銀行入行するという異色経歴を持つ総裁です。

 同志社卒業後、明治の大ジャーナリスト徳富蘇峰主宰する国民新聞社入社し、明治33年外報部長の時、蘇峰推薦当時大蔵大臣松方正義秘書官に転じます。しかし、3か月後、松方蔵相辞職ともなって職を失し、1年間浪人生活の後、松方推薦により日本銀行入行し、当時副総裁だった高橋是清大い能力認められます。

 特に営業局長時代以降は、第1次世界大戦関東大震災昭和金融恐慌といった歴史的大事件に相次いで遭遇して円滑金融確保に努めたほか、金輸出解禁および金輸出禁止という2つの通貨制度の下での金融政策舵取りにも尽力し、昭和10年総裁就任しました。

 昭和11年に起こった2・26事件に際して巧みに金融界動揺押えましたが、その後軍事費増大による赤字国債発行増には抗し得ず、昭和12年総裁職を辞任しました。

出典広報誌にちぎんクオータリー1997年秋季号)』)

深井英五

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/09 00:06 UTC 版)

深井 英五(ふかい えいご、明治4年11月20日1871年12月31日) - 昭和20年(1945年10月21日)は、日本銀行家経済学者・著作家。第13代日本銀行総裁・貴族院議員群馬県高崎市出身。歴代日銀総裁でもっとも経済理論に精通し、金融恐慌時は副総裁として井上準之助をサポートした。ぎりぎりのところで日本経済を救った立役者として知られている。




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  1. ^ 『蘇峰自伝』305頁。
  2. ^ a b c d e f g 『財界家系譜大観』、第6版 - 第8版
  3. ^ a b 『閨閥』320-321頁、325頁。
  4. ^ 『閨閥』320-321頁、324頁。
  5. ^ 『閨閥』320-321頁、324-325頁。
  6. ^ 『閨閥』320-321頁、326頁。
  7. ^ a b 『閨閥』320-321頁。
  8. ^ 『官報』第7337号「叙任及辞令」1907年12月11日。
  9. ^ 『官報』第8454号「叙任及辞令」1911年8月25日。
  10. ^ 『官報』第2431号「授爵・叙任及辞令」1920年9月8日。


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