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浅草キッド
浅草キッドの画像
| グループ名 | 浅草キッド |
| グループ名フリガナ | アサクサキッド |
| グループメンバー名 | 玉袋筋太郎/水道橋博士 |
| URL | http://www.asakusakid.com/ |
| プロフィール | 1987年、共にビートたけしの追っかけだったことがきっかけでコンビを結成。1989年に初の単独ライブを行う。1990年、テレビ朝日『テレビ演芸』で10週勝ち抜きチャンピオンとなる。翌年、『高田文夫杯争奪お笑いゴールドラッシュ』初代チャンピオンに。以後、テレビ東京『浅草橋ヤング洋品店』ほか様々なバラエティー番組や情報番組に出演。主な番組に、日本テレビ『中井正広のブラックバラエティ』『踊る!さんま御殿!!』、TBS『未来ナース』、フジテレビ『SRS』、テレビ朝日『草野★キッド』、著書『浅草キッドの言わんのバカクイズ』『浅草キッドのバカ丼』『みんな悩んで大きくなった』『アサ秘ジャーナル』ほか。 |
| 代表作品1 | テレビ『中居正広のブラックバラエティ』『浅草橋ヤング洋品店』『草野★キッド』 |
| 代表作品2 | 著書『濃厚民族』『お笑い男の星座2』 |
| 職種 | お笑い |
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映画監督・出演者情報 |
ウィキペディア |
浅草キッド
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 18:29 UTC 版)
| 浅草キッド | |
|---|---|
| メンバー | 水道橋博士 玉袋筋太郎 |
| 結成年 | 1987年 |
| 事務所 | オフィス北野 |
| 活動時期 | 1987年 - |
| 師匠 | ビートたけし |
| 出身 | 浅草フランス座 |
| 影響 | ビートたけし |
| 出会い | ビートたけしの追っかけ |
| 現在の活動状況 | テレビ・ライブなど |
| 現在の代表番組 | 草野☆キッド 第二アサ秘ジャーナル 全国おとな電話相談室 |
| 過去の代表番組 | 浅草橋ヤング洋品店 浅草キッドのオールナイトニッポン 浅草キッドの奇跡を呼ぶラジオ |
| 同期 | 勝俣州和 爆笑問題 |
| 公式サイト | 所属事務所の紹介ページ |
浅草キッド(あさくさキッド)は、日本の漫才コンビ。オフィス北野所属。たけし軍団に在籍。
目次 |
メンバー
- 水道橋博士(すいどうばし はかせ)
- 玉袋筋太郎(たまぶくろ すじたろう) - 芸名が下ネタで付けられていることから、NHKの番組やゴールデンタイムにはふさわしくないという理由で「玉ちゃん」「知恵袋賢太郎」や本名の「赤江祐一」名義で出演することもある。
概略
ビートたけしの追っかけをしていた東京都出身の玉袋は、当時たけしの食事に連れて行ってもらえる、追っかけ界では有名なエリートだった。岡山県から上京して同じく追っかけをしていた博士は、玉袋の待遇に嫉妬していたという。たけしは、テレビ番組で「浅草キッドとはたけし軍団に入る前の頃の方が多く会話をした」と述べている。
1986年、毎週『ビートたけしのオールナイトニッポン』終了後にスクーターで追跡し、ビートたけしに弟子入り志願を繰り返すも成就しない日々が続いた。同じように、レギュラーの志願者が5、6名集まった所で顔を覚えられたダンカンの発案で「ぷらぷらしてるならたけし城に出てみろ」と機会を貰い、たけし城に一般参加者に混じって出演していた(入門ではなくあくまでたけし城に出る機会を得たのみ)。
この頃、自ら志願し浅草フランス座に修行中であった大阪百万円を通じ当時の支配人・岡山が、「もっと若い奴がいるならうちで修行させないか」とたけしに打診する。軍団セピアを中心に浅草フランス座での修行を促すが、これを全員拒絶。誰なんだ吉武だけは「行かないとクビだ」と言い渡され、決定。まとまった人数にならず困ったたけしは、以前からいる弟子入り志願者を思い出し、たけし城のロケ中に呼び出し「ぷらぷらしてるなら浅草に行け」と強制的に6名を住み込み前提でフランス座行きを言い渡す。その際、これらのメンバーに東京キッドブラザースを揶揄した“浅草キッドブラザース”と命名した。この年末にフライデー事件が発生するも、これをテレビのニュース番組で知ることになる(大阪百万円はこの頃、修行完了として軍団へ復帰していたため、事件に参加)。この時ビートたけしは浅草キッドブラザースに対し「もうやめて俺から離れていいぞ」と軍団メンバーに連絡させている。そもそもこの時、軍団メンバーから尋ねらなければ浅草のメンバーをたけしは完全に忘れていたという。
1987年、たけしの許にいれば安易にテレビに出られると考えていたメンバーは、浅草で試練にあう。昼はストリップ劇場、夜は岡山経営のスナックに駆り出され、ろくに睡眠も取れなかった。さらには、支配人・岡山は修行の名目をかさに着て、賃金もまともに支払わない。(日給1,000円で時給換算すると60円くらい)「話が違う」と、メンバーは次々に脱落。この状況を打開するため、博士と玉袋は自らを“浅草キッド”を名乗り、岡山には内緒でフランス座業務を抜け出しコント赤信号の渡辺正行が主催(当時)していた“新人コント大会”にコンビで出演を試みる。しかし、依然厳しい状況に耐えかねた博士は、元々自らが浅草に来たかった訳ではなかった事もあり、たけしに、土下座をし「お願いですから浅草からから引き上げさせて下さい」と懇願。やむを得ないと考えたたけしは、支配人・岡山に連絡し、全員をフランス座から引き上げさせる。その後博士と玉袋は、たけし城にのみ出演しながらコンビ活動を継続。ライブハウスではバナナパワー等にも出演をし、精力的に活動を行う。
1989年、渋谷109スタジオで初の単独ライブを行う。1990年には、たけしの口利きで、作家の高田文夫が構成作家を務めるテレビ朝日の番組『ザ・テレビ演芸』の「飛び出せ笑いのニュースター10週勝ち抜きシリーズ」に出場。10週勝ち抜き、第5代目(最後の)チャンピオンになる。[1]そして、1991年にはテレビ東京の番組『ナベさんミッちゃんのまねまね天国!』で5週勝ち抜いてチャンピオンになるなど、全て高田文夫の後ろ盾があったにせよ、若手の実力派として認められるようになる。同年の1991年には、ラジオ番組『オールナイトニッポン』の月曜第2部を担当。『オールナイトニッポン』のコーナーから生まれた書籍「言わんのバカクイズ」は、70万部のベストセラーとなった。
翌1992年には、テレビ東京の番組『浅草橋ヤング洋品店』などに出演し、人気を集めた。芸人の江頭2:50、芸人以外ではファッションデザイナーの中野裕通、料理人の周富徳・周富輝兄弟や金萬福、宮路年雄社長(城南電機)、石井秀忠医院長(大塚美容外科)などの魅力を主にレポーターとして引き出す。
1996年10月に、博士が道路交通法違反容疑で書類送検されたことにより、玉袋ともども半年間の芸能活動を自粛。事件は、玉袋が『笑っていいとも!』で免許証を拡大コピーしたものを見せながら「警察に挑戦している」と喋ったことが発端だが、法律上取り締まれるのが博士だけだった。復帰後に初めて担当したバラエティ番組『未来ナース』で、料理研究家の鈴木その子を売り出す、この頃はAVにも出演している。
1998年に、二代目「ツービート」をビートきよしのみの承認で襲名、さらにはキヨシと組んで「スリービート」を結成したが、キヨシのバカラ賭博容疑でご破算に。一度はたけしから破門を言い渡されるが、返上し謝罪、元の鞘に収まっている(後にたけしは、このことについて「あれ、誰か信じた奴いるのかな?」とテレビ内で発言し、ギミックだったことを明かしている)。ちなみに、その当時の通称は『自称・ツービート(元・浅草キッド)』であった(一説によると、2人はキヨシには襲名料として十万円払ったにも関わらず、たけしにはロースハムだけで済ませたため、たけしが激怒したと言われている。また、たけしは「B&Bに話をつけてやるから二代目『B&BEAT』なら名乗ってもいい」と譲歩案も出している。)。実際に、スリービートとして営業の仕事を入れた矢先の逮捕だった、と2人は語っている。
2人共大の格闘技ファンであり、1999年にはテレビ東京の格闘技番組『格闘コロシアム』の司会を担当。その後も、2002年4月からは、田代まさしの後を継いでフジテレビの格闘技番組『SRS』の司会や、2000年からフジテレビで放送されていた『PRIDE』中継にもリポーターとして出演した。
2001年からは、TBSテレビ深夜の番組「週刊アサ秘ジャーナル」に出演。毎回、大物政治家をゲストに呼び、政治記者なみのリサーチによるガチな質問と、政治家の人間性を引き出す巧みなインタビューで、人気を博した。
2005年からは、テレビ朝日深夜の番組「草野☆キッド」に、キャスター草野仁と共に出演。草野の予想を遥かに超えるナチュラルな変人ぶりに、浅草キッドも食われ気味である。
2人の合作によりライターとしても活躍しており、雑誌のコラムや書き下ろし単行本などを執筆。特に、2004年に著した『お笑い男の星座2』は大宅壮一ノンフィクション賞にノミネートされ、ノンフィクション作家としても評価を受けた。
「本物の漫才は舞台でのみ行う、寄席に来た客だけが浅草キッドの漫才が見れる」と称しており、放送などで演じられている芸(や掛け合い)は、漫才とは別の演目という位置づけで一線を引いている。
東京ダイナマイトとは、師弟関係を結んでいる。
『タモリ倶楽部』でソフト・オン・デマンドを訪問した際、「女格闘家VSレイプ魔」(合法的に女優をレイプし、怪我をさせた所謂鬼畜物)のAVを名作と褒め称えていた。
交流関係
- 師匠・たけしと軍団の面々の下で鍛えられた2人は、先輩後輩を問わずどんな人間とも絡めるオールラウンダーに成長し、芸人はおろか、政治家・格闘家・文化人と絡める。
- さらに、電気グルーヴとは芸人・ミュージシャンの垣根を超えた深い友情を育み、電気の武道館ライブの前座を務めたこともある。2人が独身時代の頃は、ピエール瀧と足繁くピンクサロンに通っていたことも。両者のジョイントライヴ『2階からぎょー虫ぶらさげおじさん』ではふたりが電気の楽曲「Because」を歌ったり、電気の演奏中に登場して自らの頭髪を刈るといったパフォーマンスを魅せた。また、同じくナゴムレコード出身の大槻ケンヂ、電気・大槻と共にニッポン放送でラジオ番組を持っていた頃からの付き合いの伊集院光も共演機会も多い。
- 関西で長年放送されており、カルト的人気を誇る朝日放送ラジオの深夜番組『誠のサイキック青年団』にも古くから関わっており、レギュラー出演者の北野誠、竹内義和、板井昭浩らとの親交も特に深い。
- 2005年に『ジャンクSPORTS』に出演するまで、ダウンタウンとは全く共演したことがなかったが、これがきっかけとなり徐々に共演が増加。『ダウンタウンDX』や『人志松本のすべらない話』(博士のみ)『人志松本の○○な話』などで共演を果たした。
固有名詞の分類
浅草キッドに関連した本
- お笑い 男の星座2 私情最強編 (文春文庫) 浅草キッド 文藝春秋
- お笑い 男の星座―芸能私闘編 (文春文庫) 浅草キッド 文藝春秋
- キッドのもと 浅草キッド 学習研究社
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