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流鉄流山線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/01 15:57 UTC 版)

流山線(ながれやません)は、千葉県松戸市馬橋駅と同県流山市流山駅を結ぶ流鉄鉄道路線である。


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  1. ^ 券売機・路線図表記とアナウンス
  2. ^ a b c 総武流山電鉄 社名と線名を変更鉄道ニュース > 最新鉄道情報 (2008年6月27日). 鉄道ホビダス.
  3. ^ 安全報告書 2009、流鉄株式会社、p. 3 (2009)。
  4. ^ 流鉄について(流山市都市計画課 交通計画推進室)内に改正情報。
  5. ^ 安全報告書 2009、流鉄株式会社 (2009)。
  6. ^日本鉄道開業の歴史」参照。
  7. ^「町民鉄道」の60年』(p16, p17)より。
  8. ^「町民鉄道」の60年』(p17)より。
  9. ^ a b c d e流山電鉄七十八年』(p16)より。
  10. ^「町民鉄道」の60年』(p18)より。
  11. ^幻の鉄道』(p207)より。
  12. ^ a bちばの鉄道一世紀』(p202)より。
  13. ^「町民鉄道」の60年』(p25, p26)より。
  14. ^ a b c「町民鉄道」の60年』(p18)より。
  15. ^「町民鉄道」の60年』(p27)には「早稲村」とあるが、「早稲田村」のことかも。
  16. ^「町民鉄道」の60年』(p25 - p27)より。
  17. ^散歩の達人』2003年11月号( p27)より。
  18. ^ 因みに1918年大正7年)の物価は、米1石(約180.39L)32円75銭(32.75円)、醤油1升(約1.8L)。1919年(大正8年)の物価は、木炭1俵(60kg)1円30銭(1.3円)、中級の清酒1升(約1.8L)11銭2厘(0.112円)、もりそば1杯が7銭(0.07円)、牛乳1合(約180ml、約180cc)6銭(0.06円)--『「町民鉄道」の60年』(p28)より。
  19. ^「町民鉄道」の60年』(p28, p29)より。
  20. ^「町民鉄道」の60年』(p28 - p30)より。
  21. ^ 馬橋駅鰭ヶ崎駅の中間にあった駅で、馬橋駅から2.2km、鰭ヶ崎駅から1.5kmの地点にあった --『鉄道ピクトリアル』1953年3月号(p27)より。
  22. ^ a b c dちばの鉄道一世紀』(p203)より
  23. ^「町民鉄道」の60年』(p31 - p33)
  24. ^「町民鉄道」の60年』(p37)より。
  25. ^流山糧秣廠』(p32)より。
  26. ^「町民鉄道」の60年』(p33 - p35)より。
  27. ^ちばの鉄道一世紀』(p203, p204)より。
  28. ^鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p58, p59)より。
  29. ^ a b c d e fちばの鉄道一世紀』(p204)より。
  30. ^鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p59)より
  31. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p97)より。
  32. ^ a b cちばの鉄道一世紀』(p205)より。
  33. ^「町民鉄道」の60年』(p33)では、1925年(大正14年)の乗客数は、158,016人とある。節「軽便鉄道営業と社名変更(流山鉄道へ)」の表を参照。
  34. ^総武流山電鉄七十年史』(p61 - p65)より。
  35. ^鉄道ピクトリアル』1953年3月号「第7図 100形 No.102」(p29)より。
  36. ^ a b流山電鉄七十八年』(p50)より。
  37. ^総武流山電鉄七十年史』(p231 - p251)
  38. ^「町民鉄道」の60年』(p46)より。
  39. ^「町民鉄道」の60年』(p47)より。
  40. ^ちばの鉄道一世紀』(p204, p205)より。
  41. ^「町民鉄道」の60年』(p51, p52)より。
  42. ^「町民鉄道」の60年』(p52, p53)より。
  43. ^総武流山電鉄七十年史』(p77)より。
  44. ^ a b c dちばの鉄道一世紀』(p206)より。
  45. ^ 事務所の所在地は千葉県東金市。1998年(平成10年)6月5日に破産 -- 労働省発表資料一覧『(株)内野屋工務店を雇用調整助成金に係る大型倒産等事業主に指定』より。
  46. ^「町民鉄道」の60年』(p2)より。
  47. ^「町民鉄道」の60年』(p5)より。尚、現在の状況は不明。
  48. ^ちばの鉄道一世紀』(p205, p206)より。
  49. ^ 本書の「はじめに」(ページii)で、「本書の執筆には、1978年発行の『町民鉄道の60年 —総武流山電鉄の話—』(崙書房刊)の著者、北野道彦氏を煩わした」とある。
  50. ^鉄道忌避伝説の謎』(p187 - p191)より。
  51. ^総武流山電鉄七十年史』(p14)より。
  52. ^「町民鉄道」の60年』(p12)より。
  53. ^ 川舟の積載量は数t - 10数t。輸送費は鉄道よりもかなり安価であった --『鉄道忌避伝説の謎』(p84)より。流山の水運業者が使用していた船の積載量や運賃は不明。
  54. ^「町民鉄道」の60年』(p13)より。なお、本文献には流山の水運業者が使用していた高瀬船の大きさは記述されていない。
  55. ^流山電鉄七十八年』(p21 - p23)
  56. ^ a b「町民鉄道」の60年』(p86)より。
  57. ^ a b「町民鉄道」の60年』(p87)より。
  58. ^ a b「町民鉄道」の60年』(p88)より。
  59. ^ a b c d「町民鉄道」の60年』(p89)より。
  60. ^ a b鉄道ピクトリアル』1953年3月号「第3図 1255号形式図」(p28)より。
  61. ^総武流山電鉄七十年史』(p66)より。
  62. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p67)より。
  63. ^流山市市史研究」『博物館の本』(流山市公式ホームページ)より。
  64. ^総武流山電鉄七十年史』(p68)より。
  65. ^総武流山電鉄七十年史』(p68, p69)より。
  66. ^総武流山電鉄七十年史』(p215)より。
  67. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p216)より。
  68. ^総武流山電鉄七十年史』(p218)より。
  69. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p218)より。
  70. ^総武流山電鉄七十年史』(p220)より。
  71. ^総武流山電鉄七十年史』(p221)より。
  72. ^幻の鉄道』(p222)より。
  73. ^幻の鉄道』(p223)より。
  74. ^総武流山電鉄七十年史』(p222)より。
  75. ^総武流山電鉄七十年史』(p223)より。
  76. ^ a b幻の鉄道]』(p226)より。
  77. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p225)より。
  78. ^総武流山電鉄七十年史』(p229)より。
  79. ^ a b幻の鉄道』(p228)より。
  80. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p230)より。
  81. ^総武流山電鉄七十年史』(p232)より。
  82. ^総武流山電鉄七十年史』(p234)より。
  83. ^総武流山電鉄七十年史』(p235)より。
  84. ^総武流山電鉄七十年史』(p236)より。
  85. ^総武流山電鉄七十年史』(p237)より。
  86. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p238)より。
  87. ^総武流山電鉄七十年史』(p240)より。
  88. ^総武流山電鉄七十年史』(p241)より。
  89. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p241)より。
  90. ^「町民鉄道」の60年』(p18)では5月に移転となっている。
  91. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p242)より。
  92. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p243)より。
  93. ^ a b c鉄道ピクトリアル』1996年4月臨時増刊号(p152)より。
  94. ^ 本鉄道の乗り場は常磐線の下り列車乗り場のホームと共用であった --『散歩の達人』2003年11月号(p27)より。
  95. ^ a b c d総武流山電鉄七十年史』(p244)より。
  96. ^総武流山電鉄七十年史』(p245)より。
  97. ^総武流山電鉄七十年史』(p247)より。
  98. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p248)より。
  99. ^総武流山電鉄七十年史』(p249)より。
  100. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p250)より。
  101. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p251)より。
  102. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p252)より。
  103. ^ a b c d総武流山電鉄七十年史』(p253)より。
  104. ^ かせんちゅう - 架線を支えている電柱のこと --『詳解 鉄道用語辞典』(p93)より。
  105. ^総武流山電鉄七十年史』(p254)より。
  106. ^ そのため、常磐緩行線馬橋駅に乗り入れている東京地下鉄千代田線の車両および同線の駅に掲出される路線図における表記を「総武流山線」から「流鉄流山線」に修正シールを使用して書き換えた。(2008年11月現在、まだ訂正していない駅構内・車両内路線図もある)
  107. ^ a b c d e f g h i鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p57)より。
  108. ^世界の鉄道 '75』(p160)より。
  109. ^鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p10, p60)に単行走行中の写真が掲載されている。
  110. ^鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p54)にモハ101が牽引する混合列車、『戦後を走った木造車1』(p103)にモハ105が牽引する混合列車の写真が掲載されている。
  111. ^ a b c d e f g鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p60)より。
  112. ^ a b c d e世界の鉄道 '75』(p63)より。
  113. ^ a b c d e f鉄道ピクトリアル』1975年11月号(p67)より。
  114. ^ a b c d e f鉄道ピクトリアル』1953年3月号(p30)より。
  115. ^ a b c d e f g h i j k鉄道ピクトリアル』1975年11月号(p68)より。
  116. ^ a b鉄道ピクトリアル』1983年6月臨時増刊号(p128)より。
  117. ^ 「(旧)西武」とは、現在の西武新宿線を主とした鉄道で、1945年に武蔵野鉄道と合併し、西武農業鉄道となり、翌年西武鉄道と社名を改称した鉄道のこと --『鉄道ピクトリアル』1975年11月(p68)より。
  118. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』(No.418 1983年6月臨時増刊号 p129)より。
  119. ^世界の鉄道 '75』(p63)では「予備車」となっている。
  120. ^世界の鉄道 '75』(p161)より。
  121. ^ a b世界の鉄道 '75』(p62)より。
  122. ^鉄道模型趣味』1951年6月号「口絵写真」より。
  123. ^ a b c鉄道ピクトリアル』1953年3月号(p27)より。
  124. ^1号機関車からC63まで』(p34)では動輪直径が953mmとなっているが、「北海道炭礦鉄道15号形蒸気機関車」では914mmとなっている。
  125. ^1号機関車からC63まで』(p34)より。
  126. ^ a bちばの鉄道一世紀』(p204)より。『鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p58)では『牛のろ超特急』と書かれているが、Googleで検索すると、『牛づれ超特急』は見つかるが、『牛のろ超特急』は見つけられなかった。『牛づれ超特急』は、製作は東宝映画(東京撮影所)。1937年11月3日、大阪千日前敷倶楽部。10巻 2,151m 79分 白黒。出演は藤原釜足など。『牛づれ超特急』はNo.15(1939年廃車)とNo.16(1938年廃車)が廃車になる前に製作された映画である。
  127. ^ a b c d e f鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p58)より。
  128. ^ a b c総武流山電鉄七十年史』(p94)より。
  129. ^鉄道ピクトリアル』1953年3月号「第2図 105号形式図」(p28)より。
  130. ^ a b c d e f g鉄道ピクトリアル』1953年3月号(p28)より。
  131. ^「町民鉄道」の60年』(p55)より。
  132. ^ a b c鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p61)より。
  133. ^総武流山電鉄七十年史』(p98)より。
  134. ^ a b c d e f g h i j k鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p59)より。
  135. ^森製作所の機関車たち』(p82)より。
  136. ^鉄道写真集 ジュラ電からSL終焉まで』(p194)より。
  137. ^ a b c鉄道ピクトリアル』1953年3月号(p29)より。
  138. ^鉄道ピクトリアル』1953年3月号「第6図 キハ32形式図」(p29)より。
  139. ^ a b 流山の記録ではフロハ920とフロハ924の製造所が逆になっているが、ここでは『客車略図』(1911年、明治44年)に従う --『鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p58)より。
  140. ^ a b 室内のクロスシートが車幅全幅にわたっており、各座席ごとにドアがある --『鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p58)より。
  141. ^内燃動車発達史 上巻』(p86)より。
  142. ^ a b c d e f鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p60)より。
  143. ^ 台枠には雨宮製作所の製造銘版があった --「遠い日の総武流山電鉄。(下)」『編集長敬白』(2008年01月28日 09:08)の写真参照。
  144. ^DETAIL FILE 2/私鉄の車輌たち』(p115)より。
  145. ^ ト1と思われる --「遠い日の総武流山電鉄。(下)」『編集長敬白』(2008年01月28日 09:08)より。
  146. ^レイル・マガジン』1985年12月号(p42)より。
  147. ^鉄道ピクトリアル』1966年7月臨時増刊号(p56)より。
  148. ^ a b総武流山電鉄七十年史』(p91)より。
  149. ^ a b cとれいん』1975年1月号(p48)より。
  150. ^とれいん』1975年1月号(p49)より
  151. ^ No.15とNo.16の両方が登場するのか、あるいはどちらか一方だけが登場するのか、不明。
  152. ^流山電鉄七十八年』(p10, p11)より。


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