映画監督・出演者情報 |
ウィキペディア |
河合奈保子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/11 11:54 UTC 版)
河合 奈保子(かわい なおこ、1963年7月24日 - )は、日本の女性歌手、シンガーソングライター、女優。
|
|||||||||||||||||||||||
- ^ a b c d e 『別冊近代映画 河合奈保子特集号』(近代映画社刊 1981年)
- ^ 『さんまのまんま』フジテレビ1996年3月1日(2月29日深夜)放送分。小林と共に出演。
- ^ 第一報は、この日出演する予定だった『ザ・トップテン』の中で速報として伝えられた。
- ^ 療養の経緯は、自筆エッセイ「わたぼうし翔んだ ―奈保子の闘病スケッチ―」に詳しい。
- ^ 『わたぼうし翔んだ 奈保子の闘病スケッチ』(ワニブックス刊 1983年)
- ^ ファンクラブ会報のスケジュール表より。
- ^ 1988年発売の『悲しい人』のB面に収録
- ^ 「nahoko 音 / blue」「nahoko 音 / orange」2作品同時リリース。
- ^ この際にオーストラリア在住である事もテレビでは初めて報じられた。
- ^ シングル売り上げは6年目まで10〜30万枚と安定的な数字を挙げ、累積売り上げも400万枚を超え、1980年代の女性アイドルの中では比較的高い実績を残した。また、『ザ・ベストテン』の通算チャートイン23曲は田原俊彦・近藤真彦・松田聖子に次ぎ、中森明菜と並ぶ歴代4位の数字を残している。その反面、いわゆる代表曲と言われる突出したヒット曲には恵まれず、オリコンチャートの年間ベスト20以内に入った歌は1曲もない。そのため現在では懐かし系の音楽番組で取り上げられる機会が少なく、NHK紅白歌合戦に6回出場しながら2005年にNHKが実施した聞きたい歌アンケート(スキウタ)の候補600曲には1曲も選ばれないなど、通算実績の割に歌手としての記憶が薄い原因となっている(ただし、1980年代におけるアイドルとしての存在感は松田聖子と双璧ではあった)。
- ^ アルバム(アナログレコード)の総売り上げは約140万枚強で、これは同時代に活動した若手女性歌手の中では松田聖子、中森明菜、小泉今日子、八神純子に次ぐ数字であり、奇しくも兄貴分の西城秀樹の実績とほぼ同じである。個々のシングルの売り上げと比較して、アルバムの売り上げでは健闘した点が音楽セールス上の特徴である。
- ^ 後に吉川が直接謝罪した際には「済んだこと」として流したという。
- ^ 『理想の声に近づく本』(大本恭敬著 シンコーミュージック刊 1988年)
- ^ 『ザ・トップテン』1985年10月21日放送分。この際に岡田は中学一年の時に描いて学校で金賞を獲った河合奈保子の肖像画(油絵)を披露した。
[続きの解説]
固有名詞の分類
河合奈保子に関係した商品
河合奈保子のページへのリンク