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いけのぜんに 【池禅尼】

平安末期女性平忠盛後妻藤原宗兼の娘。平家盛・頼盛の母。平治の乱で捕らえられた源頼朝助命請い命を救った。生没年未詳


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池禅尼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 04:58 UTC 版)

池禅尼(いけのぜんに、長治元年(1104年)? - 長寛2年(1164年)?)は、平安時代末期の女性。平忠盛の正室。平清盛の継母に当たる。後に崇徳天皇の皇子重仁親王乳母となる。父は藤原宗兼、母は藤原有信の娘。中関白・藤原道隆の子・隆家の後裔。名は宗子[1]


  1. ^ 『東寺百合文書』の「安嘉門院庁資忠注進抄」(『鎌倉遺文』3097)に藤原宗子の名があり、その割注に「宗兼女 忠盛室 頼盛母」と記されている。
  2. ^ 元木泰雄『保元・平治の乱を読み直す』
  3. ^ 『愚管抄』には北条時政の後妻である牧の方の父、大舎人允宗親は頼盛の長年の家人であり、頼盛から駿河国・大岡牧の管理を任されていたと記されている。『尊卑分脈』には宗子の弟に宗親という名が見られ、両者は同一人物の可能性がある。したがって時政による頼朝の監視・保護は、宗子・頼盛の意向によるという指摘もある(杉橋隆夫「牧の方の出身と政治的位置─池禅尼と頼朝と─」『古代・中世の政治と文化』、上横手雅敬監修、思文閣出版、1994年、ISBN 4784208186)。ただし時政と牧の方の婚姻時期を明確に記す史料はなく、平治の乱の時点で宗子・頼盛と時政がつながっていたかは定かでない。牧の方が乱の前年(1158年)、時政に15歳で嫁いだと仮定すると、文治5年(1189年)生まれの政範は牧の方が46歳で産んだことになり、やや無理が生じる。


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