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氷室京介
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 08:53 UTC 版)
氷室 京介(ひむろ きょうすけ、1960年(昭和35年)10月7日 - )は、日本のロックボーカリスト、ミュージシャン。
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- ^ 芸名の名字「氷室」は、漫画「ワル」(真樹日佐夫作・影丸穣也画)に登場する主人公に由来する。
- ^ 再デビューとなった経緯については経歴のデビューを参照してください。
- ^ 同郷ではあったが、当時の二人に面識はそれ程なかった。
- ^ 京都に行った際、占い師に「狂」の字を使うのは良くないと言われたため(参照:月刊カドカワ1991年4月号 総力特集氷室京介70ページ)。
- ^ 当時の音楽シーンが遅れて来たメディアを通じて一過性のバンドブームに湧く中、誰もやったことのない特設ステージをソロとしてのツアー会場に選んだ。会場では雨に祟られることも多く、BOØWY時代同様必ずしもコンディションの良いステージばかりではなかったが、それはそれまで同様、追われる側として当たり前の音楽シーンとは一線を画すアクションだった。
- ^ オフィシャルファンクラブ名(ツアー名でも使われた“KING”はチェスが命名の由来)
- ^ この時期、前ツアーから共にライブを行って来たバンドといくつかのイベントに出演、翌年にはレコーディングスタイルもバンドとともにスタジオへ入るなど、バンドの中でのボーカリストとしての在り方を追求していた時期と言える。
- ^ 「WILD AT NIGHT」「PSYCHIC BABY」「CRIME OF LOVE」「SEX&CLASH&ROCK'N'ROLL」「SUMMER GAME」「ANGEL」「JEALOUSYを眠らせて」を演奏。
- ^ 渋谷の街をジャックしたかのような巨大なボードやウォールペインティング、ポスター、その後、珍しくなくなったこれらのプロモーションスタイルは当時は斬新なものだった。
- ^ 後のインタビューでは「あのまま日本にいたら、きっと自分はダメになっていたと思う」と発言している。
- ^ この時期からシングルにバラードが登場しはじめ、チャートやセールスに左右されない創作活動を念頭に置くようになる。また、ビデオクリップでコラボレートした新進気鋭の映像集団”PROPAGANDA”は、それまでの自分をとりまくシステムを考え直すほどの強烈な感銘を彼に与えた。
- ^ BOØWY時代に「CASE OF BOØWY」と称したライブを行い、またビデオでもリリースされた。バンド解散20周年を迎え、この単独イベントが唯一バンド解散を前提とした企画であったことが公表されている。
- ^ どこの会場でも熱狂的に迎えられ、最終、東京代々木公演のアンコール「Cloudy Heart」でのハプニングは彼とオーディエンスとの深い絆を誰もが再確認した出来事だった。
- ^ バンドの元フロントマン自らトリビュートしたことに関して、「長年、応援してくれているファンが喜んでくれれば」「当時のバンド仲間に敬意を込めて」「(再結成や様々な問いかけに対する)俺なりの答えです」とコメントした。ちなみに、ライブイベントのサブタイトルの和訳は「温故知新」である。
- ^ 15年以上も前の曲が使われた理由として、プロデューサーの野村哲也は以前から氷室京介のファンで、「製作中にずっとこの曲がイメージとして頭にあった」とコメントした。
- ^ GLAYが氷室京介のファンであることは以前から有名であるが、対談すら過去に実現しなかった両者のコラボレートが今になって実現した背景にはGLAYがそのとき抱えていた事務所独立に伴うトラブルを聞いたうえで氷室が「一緒にやろう」と快諾したとされている。
- ^ 出演のきっかけは氷室の息子がMr.Childrenのファンでスタッフ経由でサインを貰ったことがあったためと氷室自身が明かしている
- ^ 氷室京介の「全編BOOWY」チャリティーLIVE 残されたメンバー3人が胸中綴る オリコン 2011年4月19日
- ^ こんにちは(^^)ざんす。 高橋まことのぼちぼちブログ。
- ^ 布袋寅泰の願い「BOOWYの再結成を望む気持ちは皆さんと同じ」 オリコン 2011年4月20日
- ^ BOΦWY BEAT主義日記
- ^ 収益金総額669,220,940円(コンサートグッズ販売利益含む)収益金は、「寄付金または義援金」として、岩手、宮城、福島の三県に223,073,646円ずつ均等に配分して寄付をさせて頂きました。※HIMURO.comより抜粋
- ^ レコーディングは氷室がリスペクトする錚々たるメンバー(Andy Newmark, Jeff Thal, Tony Levin)と共に行われた。
- ^ 著作権を含む全ての収益金は、「寄付金または義援金」として、岩手、宮城、福島の三県に当分に配分して寄付
- ^ 氷室のレコーディングに欠かせないエンジニアNeil Dorfsman とのセッションが初めて実現したのは、この作品から。
- ^ 販売利益は、「寄付金または義援金」として、岩手、宮城、福島の三県に当分に配分して寄付
- ^ 1298日ぶりのステージとなったアリーナクラスを中心に行われた全国ツアー。サポートギタリストにスティーヴ・スティーヴンス本人、ステージデザインにストーンズなどを手掛けるマーク・フィッシャーなど、圧倒的スケールで話題の多かったツアー。
- ^ 企画から写真選択に至るまで氷室自身が手掛けた写真集。撮影はローマからカイロ、セイシェルからニューヨークまで世界6カ国を旅しながら、フォトグラファー加藤正憲によって行われた。(当時のコンサート会場、通販限定)
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