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気多大社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/25 10:41 UTC 版)

気多大社
Ketataisya.jpg
右から拝殿、本殿、摂社の若宮神社
所在地 石川県羽咋市寺家町ク1
位置 北緯36度55分33.63秒
東経136度46分2.79秒
主祭神 大己貴命
社格 式内社(名神大)・能登国一宮・国幣大社・(別表神社)
例祭 4月3日
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気多大社(けたたいしゃ)は、石川県羽咋市に鎮座する神社能登国一宮で、旧国幣大社である。大己貴命を祭神とする。旧称気多大神宮。正式には氣多大社

目次

歴史

社伝によれば、大己貴命が出雲から舟で能登に入り、国土を開拓した後に守護神として鎮まったとされる。崇神天皇のときに社殿が造営された。奈良時代には北陸の大社として京にも名が伝わっており、『万葉集』に越中国司として赴任した大伴家持が参詣したときの歌が載っている。延喜式神名帳では名神大社に列し、能登国一宮とされた。畠山氏前田氏など歴代の領主からも手厚い保護を受けた。

1871年(明治4年)に国幣中社、1915年(大正4年)に国幣大社に列せられた。第二次世界大戦後は神社本庁の被包括宗教法人となり、別表神社に指定されていた。

神社規則変更関連

平成17年(2005年)11月28日づけで神社本庁との包括関係を解消し単立神社となる決定を行い、同時に「財産の管理および処分に関する役員会の決議事項は神社本庁に報告する」と定めた神社規則変更を決議した。

石川県はこの規則変更決議を認証するも、平成18年(2006年)1月に神社本庁が県の認証を取り消すよう文部科学省に取り消しを申請し、2006年5月に文部科学省は石川県の認証を取り消す決断をくだす。これにより、神社本庁からの離脱が事実上、無効となった。神社本庁は2006年8月29日附で宮司を懲戒免職とし、翌30日に石川県神社庁長(当時)を兼任宮司に特任した。

気多大社側ではこれらの処分を不服とし、2006年9月、文部科学省に対する提訴を行った。平成19年(2007年9月13日東京地裁は気多大社側の主張を認める判決を出したが、平成20年(2008年)9月、二審の東京高裁では一審判決を破棄し、文部科学省の判断を支持する判決を出した。気多大社側は最高裁へ上告した。平成22年(2010年4月20日最高裁第3小法廷は二審判決を破棄し、気多大社による神社規則変更を認め、「宗教法人の規則は、財産処分に関する事項を定めた規定が存在しなくても、それだけで宗教法人法に違反するとはいえない。」と指摘して文部科学省の裁決を違法だと結論づけ、同裁決の取り消しを命じた一審判決が確定した[1][2]

祭事

鵜祭(うまつり)、平国祭(ひらくにまつり)などの特殊神事がある。

鵜祭

12月8日~16日に行われる古式な祭。オオナムチ高志の北島から鹿島郡の新門島におつきになった時、この地の御門主比古神がをとって献上したのが始まりと伝えられる。

鵜は昔から原始漁法の鵜飼いに使われてきたが、祭で鵜を献上する人々は鵜捕部と呼ばれ鹿島郡の鹿渡島という所に先祖代々住み、そのに仕えていた。12月8日に鵜崖という場所に神酒・米・花などを供えた後、麻糸を付けた竹竿で鵜を捕らえるが手法には一子相伝の秘訣があるという。

献上された鵜は社殿の階上に放され、宮司がそれを内陣に行くよう図るがその時の鵜の進み具合によって翌年の作物の豊凶を占う。進み方が芳しくない時は神楽御祓いを行う。鵜が内陣の机の上にとまったら神官はそれを捕まえて、浜で放す。

気多の鵜祭は能楽の曲目にもなっている。

文化財

神門
神門
近世初頭(社伝によれば天正12年・1584年)の建立。切妻造、四脚門。檜皮葺き(以下の社殿もすべて檜皮葺きである)。1961年重要文化財指定。
拝殿
承応2年(1653年)乃至3年(1654年)、大工・山上善右衛門の作とされる。入母屋造妻入。神門と同時に重要文化財指定。
本殿
天明7年(1787年)の建立で、三間社(桁行3間、梁行4間)で、類例の少ない両流造りである。1982年重要文化財指定。
摂社白山神社本殿
本殿と同じく天明7年(1787年)の建立。三間社で、通常の流造りである。1982年重要文化財指定。
摂社若宮神社本殿
永禄12年(1569年)の建立で事代主命が祀られる。一間社流造り。1906年に重要文化財に指定されている。
社叢
「入らずの森」としての神域で、立ち入りが禁止され奥宮が安置されている。3ヘクタールの広さ中にたぶの木[3]はじめツバキシイクスノキカラタチなどの常緑広葉樹が密生し、樹齢百年をこえる木が林立している[4]1967年天然記念物に指定。



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