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武田元繁(たけだ もとしげ) ????~1517

元重 刑部少輔
◇父:武田元綱 室:義興養女 子:武田光和伴繁清
 安芸守護武田氏当主周防大内氏勢力に押され、その下に従う。安芸小倉山城吉川氏攻めた時、これを援ける安芸毛利氏との間で有田合戦起こり、数で優位に立っていたが、不意に流れ矢に当たり戦死したという。


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武田元繁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/20 07:06 UTC 版)

武田 元繁(たけだもとしげ、応仁元年(1467年) - 永正14年10月22日1517年11月5日))は、日本の戦国時代武将安芸武田氏当主。武田元綱の嫡子。安芸国の佐東・山県・安南の分郡守護。別名元重。正室大内義興の養女である飛鳥井雅俊の娘。後室は尼子久幸の娘。子に光和。智勇に優れた武将で、全盛期には中国項羽とも並ぶ武勇の持ち主と恐れられたという。






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