橘守部とは? わかりやすく解説

たちばな‐もりべ【橘守部】

読み方:たちばなもりべ

[1781〜1849]江戸後期国学者歌人伊勢の人。本姓飯田。号、池庵・椎本(しいがもと)など。江戸で独学し古典古語通じ本居宣長(もとおりのりなが)に対抗して独自の学説立てた。著「稜威道別(いつのちわき)」「万葉集檜嬬手(ひのつまで)」「助辞本義一覧」など。


たちばなもりべ 【橘守部】


橘守部

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/09 15:35 UTC 版)

橘 守部(たちばな もりべ、天明元年4月8日1781年5月1日) - 嘉永2年5月24日1849年7月13日))は、江戸時代後期の国学者通称は飯田元輔・源助。は池庵・椎本・生薬園など。


注釈

  1. ^ 守部の生家は浄土真宗だが、天台宗の長命寺に墓所があるのは、守部と長命寺の住職歌道の親交が深かったからと言われる[5]

出典

  1. ^ すみだゆかりの人々 1985, p. 38.
  2. ^ 谷川士清顕彰保存会編『資料・谷川士清をめぐる人々』谷川士清顕彰保存会、1975年。
  3. ^ a b c すみだゆかりの人々 1985, p. 39.
  4. ^ 長命寺 -天台宗東京教区
  5. ^ すみだゆかりの人々 1985, p. 40.
  6. ^ 橘守部墓・橘冬照墓 -すみだ文化財・地域資料データベース
  7. ^ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.56
  8. ^ 中根粛治編『慶長以来諸家著述目録:和学家之部・小説家之部』青山堂支店、1893年、pp.266-267
  9. ^ 大川茂雄・南茂樹編『国学者伝記集成』大日本図書、1904年、p.1261


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