槐本之道とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|動画|文献|全文検索
Weblio 辞書 > 人名 > 芭蕉関係人名集 > 槐本之道の意味・解説 

芭蕉関係人名集

芭蕉DB芭蕉DB

槐本之道

えのもとしどう

(~宝永5年(1708)1月5日

伏見屋右衛門という大坂道修町薬種問屋主人大坂蕉門重鎮一人芭蕉最後看取った一人元禄7年9月9日大坂に着いた芭蕉は、最初酒堂亭に入るが、後に之道亭に移る。酒堂と之道はこの頃対立していて、芭蕉膳所正秀らの懇願にあって両者和解を策した。一応成功したようだが、そのため両者均等に泊ったのであろう。しかし、突如発病し、10月5日には之道亭を出て、病床南御堂前に移すことになる。 之道には『江鮭子<あめご>』・『淡路島』・『砂川』などの編著がある。東湖初期俳号元禄3年6月芭蕉幻住庵滞在中に尋ね蕉門入門これを機に「之道」と改名竹は晩年元禄10年)の俳号

之道の代表作

雲のみね今のは比叡に似た物か(『猿蓑』)

三ケ月に鱶のあたまをかくしけり(『猿蓑』)

一袋これや鳥羽田のことし麥(『猿蓑』)

十五日立や睦月の古手賣(『炭俵』)

老僧も袈裟かづきたる花見哉(『炭俵』)

白うをのしろき匂ひや杉の箸(『炭俵』)

五六十海老つゐやして□(はぜ)一ツ(『續猿蓑』)

灌佛や釈迦と提婆は従弟どし(『續猿蓑』)







槐本之道のページへのリンク
槐本之道のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「槐本之道」を見る
_ _   


槐本之道のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
芭蕉DB芭蕉DB
Copyright (C) 2012 芭蕉DB All rights reserved.

©2012 Weblio RSS