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くすのき-まさのり 【楠木正儀】
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楠木正儀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/12 03:43 UTC 版)
楠木 正儀(くすのき まさのり)は、南北朝時代の武将。南朝の有力武将楠木正成の三男。楠木正行、正時の弟。
- ^ 大阪府枚方市楠葉の久親恩寺過去帳による。正儀の生年については明確な史料が存在しないが、享年62とされていることから、没年逆算で生年は元徳2年(1330年)になる。
- ^ 太平記巻第三十一 楠は父にも不似兄にも替りて、心少し延たる者也ければ、今日よ明日よと云許にて、主上の大敵に囲まれて御座あるを、如何はせんとも心に不懸けるこそ方見けれ。尭の子尭の如くならず、舜の弟舜に不似とは乍云、此楠は正成が子也。正行が弟也。何の程にか親に替り、兄に是まで劣るらんと、謗らぬ人も無りけり。
- ^ 太平記巻第三十七 正儀暫く思案して申けるは、「故尊氏卿、正月十六日の合戦に打負て、筑紫へ落て候しより以来、朝敵都を落る事已に五箇度に及候。然れども天下の士卒、猶皇天を戴く者少く候間、官軍洛中に足を留る事を不得候。然も、一端京都を落さん事は、清氏が力を借までも候まじ。正儀一人が勢を以てもたやすかるべきにて候へ共、又敵に取て返されて責られ候はん時、何れの国か官軍の助と成候べき。若退く事を恥て洛中にて戦候はゞ、四国・西国の御敵、兵船を浮べて跡を襲い、美濃・尾張・越前・加賀の朝敵共、宇治・勢多より押寄て戦を決せば、又天下を朝敵に奪れん事、掌の内に有ぬと覚候。但し愚案短才の身、公儀を褊し申べきにて候はねば、兔も角も綸言に順ひ候べし。」
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