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梶栗浜遺跡

名称: 梶栗浜遺跡
ふりがな かじくりはまいせき
種別 史跡
種別2:
都道府県 山口県
市区町村 下関市富仕
管理団体 下関市(昭56・324)
指定年月日 1980.03.14(昭和55.03.14)
指定基準 史1
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: S54-12-039[[梶栗浜遺跡]かじくりはまいせき].txt: 梶栗浜遺跡は、下関市街地の北方にあって、響灘に面した弧状砂丘から約500メートル入りこんだ集落の西縁に位置し、北東にのびた標高3.5メートル余の狭長砂丘立地している。大正2年長州鉄道(現山陰線敷設工事の際、箱式石棺から多鈕細文鏡1面が細形銅剣2口と共に出土したことにより、学界注目するところとなった。昭和2年森本六爾氏の現地調査によって、遺物出土状態やこれらが弥生時代埋葬されたものであることが明らかにされ、その後わが国弥生時代青銅器研究大きな影響与えた。昭和7年・同10年にも各1口の細形銅剣発見され、本遺跡重要性が一層高まったのである
 昭和32年発掘調査で、この遺跡組合箱式石棺や石囲を主体とする埋葬遺跡であることが明らかとなった。同時にこの他にも、木棺や合壺棺による埋葬が行われたことも確認されている。しかも、これらの埋葬主体直上の旧表に、墓標または墓域を示すと考えられる列石積石状の遺構が築かれ、その傍らに1~2個の壺が供献されているのが確認されたことは注目に値する。この調査出土した土器は、すべて弥生時代前期末の様式のものであり、墓地が営まれた時期確定することができた。
 昭和47年には、遺跡範囲確認主目的とする調査が行われ、本遺跡南北狭長砂丘にのみ営まれ、それ以外に及んでいないことが明らかとなった。この調査でも、前回と同様な埋葬施設発見されたが、これまで遺跡未発見であった弥生時代中期埋葬施設検出されたことは、本遺跡実体解明新たな問題提起するものであった。
 梶栗浜遺跡は、略述した如く日本考古学史上の最も著名な遺跡一つであると同時に遺構残存状況良好さと相俟ってわが国弥生時代墓制解明に欠くことのできぬものである。
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