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桂小枝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/31 14:47 UTC 版)
桂 小枝(かつら こえだ)は、上方落語の名。過去3人ほど「小枝」を名乗った落語家が存在する。また東京(江戸)落語では2代目桂枝太郎門下の桂枝助が前座名で名乗った。
- 桂 小枝 - 初代桂歌之助の前座名。
- 桂 小枝 - 落語系図には2代目桂小文枝の門人に小枝が確認できる。
- 桂 小枝 - (1948年 - )大阪府此花区の生まれ、加古川東高校通いながら、1966年(桂三枝の一つ上の兄弟子)に3代目桂小文枝(後の5代目文枝)に入門し小枝を名乗ったが、すぐに廃業している(師匠が貯めていた小銭入れのお金を勝手に使って破門されたとされる)。廃業のちは板前。本名は脇本博司。
| かつら こえだ 桂 小枝 |
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| 本名 | 青木 喜伸(あおき よしのぶ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1955年5月25日(56歳) |
| 出生地 | |
| 血液型 | A |
| 活動内容 | 落語家 |
| 受賞 | |
| ABC漫才落語新人コンクール - 最優秀新人賞(落語部門) | |
桂 小枝(かつら こえだ、1955年5月25日 - )は、日本の落語家であり、タレント、スタイリスト。所属事務所は吉本興業。出囃子は『ミッキーマウスマーチ』または 『調練』、『小枝ブルース』(キダ・タロー作曲)。上方落語協会会員。本名は青木 喜伸(あおき よしのぶ)。兵庫県西宮市出身。ニックネームは「こえぴょん」「ミスター(ナイトスクープ)」「小枝師匠」。妻と二人の娘と二人の孫がいる。娘婿は大衆演劇俳優の恋川真弥。実家はお好み焼き屋を経営している。兵庫県立宝塚高等学校卒業。高校時代は落研所属。当時の高座名は「桂方沙織」また芝居「劇団根性座」を結成していた。このころから白塗りしていたため後の高座での芸風に繋がった。
目次 |
経歴・人物
- 1974年2月、3代目桂小文枝(後の5代目文枝)に入門。当初は可愛らしい名前がよいと、自ら桂 枝織(かつら しおり)[1]を名乗る。1981年9月、師匠をはじめとする周囲の勧めもあり、桂 小枝に改名。以降、関西ローカルのテレビ番組などで顔を売る。
- 新人時代は、顔に真っ白なドーランを塗り、ちょんまげのかつらをつけて落語をし、座布団、畳などを人差し指一本で廻すという特技を披露していた。(通称「白塗り落語」)なお、一門に考慮して羽織に結三柏は使わず独自の定紋を使っていた。かつらの代わりに茄子をくくり付けていたこともある。ネタの枕でその茄子をカッターで切って客席放り投げるという芸をやっていたが誤って指を切ってしまった事がある。現在は積極的に古典落語に挑戦し、『くっしゃみ講釈』『佐々木裁き』『悋気の独楽』などの得意ネタを持っている。この奇抜な扮装は古典落語をしようにも先達によって開拓、研究され尽くされていて「若手が入り込む余地が無く、全く手が打てない」と考えた末でのアイデアだった。
- 若手時代は『美人数珠繋ぎ』など、関西ローカル深夜番組のロケコーナーを受け持つが、人気は今ひとつ出ないままに終わる。
- 1988年より『探偵!ナイトスクープ』の探偵としてレギュラー出演するようになってから、ねちっこい話し方と小ネタ集、パラダイス(全国にある面白テーマパーク)紹介で人気を獲得し、以降テレビなどで活躍している。特に「謎の爆発卵!?」(通称、爆発卵)の放送回は、探偵!ナイトスクープの視聴率が関西圏のみで30.5%を記録するなど、現在でも傑作の呼び声が高い。
- 探偵紹介を受けてからの挨拶「よろしくお願いしま~す、桂小枝で~す、お願いしま~す。」(放送によっては、名前を先に挨拶する時もある。)と、終わった後の第一声「しかし、まぁ~何ですね~」、直後の収録時と放送日との差をネタにしたトークがお馴染。ただし、編集の都合でその部分がカットされる事がある。また、同番組内にて視聴者からの依頼中によく裸になることがある。紳助は「小枝は35歳になってから売れる」と予言していたが、33歳のときにレギュラー出演が決まったこの番組のおかげでその予言が的中することとなった。予言した理由は「若いうちは独特の粘っこい口調は無理がある、あの話し口調はそれ相応の歳になってからでないと合わない」と読んだためと、後日談として話していた。
- この他、毎年冬に放送される桐灰化学のカイロのCMで全国で人気が広まり、東京でも知名度が上って来ている。また、小枝本人はこのCMに出演するために剃髪しているという。桐灰側もこのCMのお陰で企業の知名度、業績やカイロのシェアが上昇したため、リクルート情報などにおける企業紹介でも普通に「桂小枝さんのCMでおなじみの会社です」などという文句を用いている。
- バラエティでの活躍が多いため、地域によっては落語家としてのイメージが低い。そのため、ナイトスクープ内のロケがなんばグランド花月で行われた際、たまたま着物で出番待ちをしていた時に出演した時にはわざわざ「落語家 桂小枝師匠」というテロップが表示された。
- テレビ番組で「この歳になっても独演会をやったことがないのは私くらい」と言っている。
- また「アトリエ色えんぴつ」のスタイリストとしても活動しており、自ら出演しているテレビ番組の多くに関わっている。
- 吉本の同期には明石家さんま、島田紳助、オール巨人など大御所揃い。紳助とは「青木君」「長谷川君」と本名で呼び合う仲、落語家では桂吉朝、桂千朝、露の都等がいる。また芸能界ではタモリ、関根勤等がいる。
- 占いやオカルト嫌いで有名な上岡龍太郎から度々、「桂小枝と桂三枝は画数が同じで、江川卓と生年月日が同じなのに年収が違いすぎる。姓名判断や占星術は嘘」というネタにされる。
- 名前が似ているという事で、間違って桂三枝の給料が振り込まれていた事がある。
- 簾を様々な形に変えてみせる伝統芸、南京玉すだれの使い手。その腕前を任天堂のゲームボーイソフト「クイックス」のCMで披露している。しかし、本人曰く、そのCM以降はほとんど実演することはないという。かつて、『探偵!ナイトスクープ』の番組内で、「南京玉すだれを習得して披露したい」という小学生からの依頼を受け、指導・伝授したことがある。
- フジテレビの「幸せって何だっけ ~カズカズの宝話~」にゲスト出演した際、細木数子にリポーターとして活動ではなくもっと古典落語をやりなさいと言われた。
- 落語家になることを親に反対されていた笑福亭三喬が、当時通っていた県立高校の先生から「私の教え子に駆け出しの落語家さんがいるから苦労話を聞かせてもらおう」と紹介され、その落語家に教室まで来てもらい、差し向かいで話を聞いたことがある。その落語家が桂小枝であった。話の内容は「落語家になるのはせめて大学の落語研究会を出てからにしなさい。うちの兄弟子の三枝・文珍も大学を出て落語家になっている。4年間を肥やしにするか、回り道にするかは君次第だ」というものであった。
- 『探偵!ナイトスクープ』の小ネタ集にて、ワープロで「かつらこえだ」と打って漢字変換すると、一発で「桂小枝」になるというネタがあった(実際に一発で変換される)。
- 下足(げそ)の天ぷらが好物。
- 蛇が大の苦手である。
- ロードオブメジャーの2006年2月発売の、さらば碧き面影のプロモーションビデオに出演した。
- 西は赤穂、東は米原までの知名度は抜群で「関西の至宝」とまでいわれる。
- その芸風とは違い私生活ではかなり物静かであり、このことにショックを受けた芸人は少なくは無い(中川家など)。「探偵!ナイトスクープ」でも、探偵活動中困り果てたジミー大西からの電話を受けた時、きわめて物静かにしゃべる声が放送されたことがあった(ただし次のシーンでは例のねちっこいしゃべり方に戻っていた)。
- 愛車はシボレー・HHR。以前は黄色の古いメルセデス・ベンツ W123に整備を繰り返しながら長年大切に乗っていたが、HHRに一目惚れするとすぐに買い換えたという。
- テレビデビューかつ初レギュラーとなった生放送のテレビ番組で、放送禁止用語を言ったために即レギュラーから降ろされた。
- おもちゃ好きで、自宅にはかなりの量のおもちゃがある。(なるみ談)おもちゃの中でも特にブリキ製の物を蒐集する傾向にあり。正規のキャラクターではない紛い物のブリキ製おもちゃを相当数保有している。
- 子供の時はボーイスカウトに入っており、同じくボーイスカウトに入っていた俳優の生瀬勝久がこの頃既に出合っており「ボーイスカウトの頃と喋りがそのまま」と述べている。またリポーターなどでの独特の抑揚をつけたしゃべり口調は師匠桂文枝の落語を聴いているうちに意識するようになり、こんなしゃべり方になった。
- 番組ロケでトンガを訪れた際、同国のタウファアハウ・ツポウ4世国王(2006年死去)に謁見している。
受賞歴
- 1984年 第5回 ABC漫才落語新人コンクール - 最優秀新人賞(落語部門)
- 1985年 昭和59年度 第13回 日本放送演芸大賞(フジテレビ) - ホープ賞
- 1985年 第2回花月大賞 花月新人賞
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- ^ 名前が名前だけに女性とよく間違えられた。
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