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松戸市

読み方:マツドシ(matsudoshi)

所在 千葉県

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。


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松戸市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/03 12:20 UTC 版)

日本 > 関東地方 > 千葉県 > 松戸市
まつどし
松戸市
Flag of Matsudo, Chiba.svg
松戸市旗
Matsudo Chiba chapter.JPG
松戸市章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12207-6
面積 61.33km²
総人口 482,520
推計人口、2012年1月1日)
人口密度 7,870人/km²
隣接自治体 千葉県市川市柏市
流山市鎌ケ谷市
埼玉県三郷市
東京都葛飾区江戸川区
市の木 シイノキユーカリサクラナシ
市の花 ツツジアジサイノギク
市の鳥 フクロウツバメシラサギ
松戸市役所
所在地 〒271-8588
千葉県松戸市根本387番地5
Matsudo City Hall 2.jpg
外部リンク 松戸市

松戸市位置図(千葉県)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村
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松戸市(まつどし)は、千葉県北西部の東京都に接する。

松戸市は、千葉県北西部の東葛地域に位置する。市域は明治時代以前の下総国葛飾郡の一部を占め、西部は江戸川沖積平野、東部は下総台地が広がる。

市の中心部の松戸地区は、古くから水戸街道宿場町として栄えてきた。1896年に鉄道(現在の常磐線)が開通。1943年に東葛飾郡松戸町高木村馬橋村が新設合併し、松戸市が発足した。長らく江戸東京の近郊農村地域であったが、近年は東京のベッドタウンとして発展。千葉県内では千葉市船橋市に次いで居住人口3位。

目次

地理

江戸川と松戸市街地

千葉県の北西部に位置し、南北に流れる江戸川を西端としている。江戸川の左岸にあたる西部地域は海抜4m前後の低地で、水路が縦横に走り、宅地化が進んだ現在でも、水田や畑地が各所に見られる。東部地域は洪積地層からなる下総台地(海抜20-30m)の西端となっていて、現在では概ね住宅地が広がっているが、1960年代以前は、山林や果樹園などの畑が多く見られた。標高は市域のほぼ中央に位置する常盤平駅周辺が最も高く、ここを境にして、市内の河川は西に向かい東京湾へつづく江戸川水系と、東に向かい太平洋へ注ぎ込む東の手賀沼・利根川水系に分かれている。なお、市内を流れる坂川は、北千葉導水路の一部として江戸川に流れている。

水戸街道と並走するようにJR常磐線が市の中西部から南北に貫き、北部(新松戸駅)で武蔵野線と交差している。松戸駅からは新京成線が分岐し、ほぼ市の中央の八柱駅にて武蔵野線新八柱駅と交差するように市の中央部を横断している。また、南部では北総鉄道が東西に走り、東松戸駅で武蔵野線と連絡している。

江戸時代以前から水戸街道の宿場であった。現在の松戸駅西口に位置した旧宿場は、古くから東葛飾地域随一の商業拠点としてにぎわった。現在、東葛飾地域の商業拠点の座は柏駅近辺に移ったものの、松戸駅周辺は現在も松戸市の中心市街地となっている。1960年代から大規模住宅団地が市内各地に造成され、郊外型の住宅開発が進むと、常磐線・新京成線の鉄道駅周辺が商業施設などの集まる市街地として発展した。また、幹線道路の整備・拡幅に伴い、郊外型の商業施設が沿線に立地しているほか、小金や馬橋には昔からの商店街も残っている。

地形

最高海抜は32.4m(21世紀の森地先)、最低海抜は1.1m(栄町3丁目地先)となっている。

市域
広袤(こうぼう):東西11.4km 南北11.6km
自然
一級河川:江戸川

隣接している自治体

千葉県
東京都
埼玉県

歴史

松戸市域は古くから人間が居住し、縄文時代の遺跡が多数見つかっているほか、河原塚古墳などの古墳も存在する。古代には下総国葛飾郡に属し、下総国府(現・市川市国府台)にほど近い地であったが、中世以前の松戸市域の記録はほとんど残っていない。

平安時代に書かれた「更級日記」に登場する「下総の国と武蔵との境にてある太井川といふが上の瀬、まつさとの渡りの津にとまりて」という記述が、松戸と思しき地名の初出である。松戸は、太日川(現・江戸川)の渡船場の集落として生まれたようである。

江戸時代の市域は、天領、大名領、旗本領が入り組んだ近郊農村地域で、下総台地上は小金牧という放牧地(周辺集落の採草地を兼ねる)であった。市内の松戸、小金および馬橋は水戸街道の宿場町となっていた。水戸と江戸の間に存在するため、徳川将軍家及び水戸徳川家とのつながりが強く、将軍はしばしば小金牧で鷹狩りを楽しんだ。松戸神社には水戸藩二代藩主徳川光圀ゆかりの銀杏の樹があり、松戸には水戸藩最後(11代)の藩主徳川昭武が建てた戸定邸がある。

廃藩置県後の1878年(明治11年)、東葛飾郡役所が松戸駅(鉄道駅ではなく宿駅)に置かれた。東葛地域(旧東葛飾郡北部)の経済的な拠点機能が柏駅(柏市)周辺に移った1970年代以降も、松戸地区には国・県の出先機関が置かれ、行政上の拠点都市の性格を持っている。

「松戸」の名の由来

不明であるが、有力な説として

  1. 松戸一帯には後に小金牧が設置されるなどの飼育が盛んであった。そこで「馬の里」から「馬里(うまさと)」から「まさと」になり、変化して「まつど」になったといわれる。
  2. 松戸神社の伝承では、ヤマトタケルが従者とこの地で待ち合わせたところに祠を祀ったという故事から、「待つ里」→「まつど」→「松戸」と称される由縁になったという。
  3. 松戸は太日川(現・江戸川)の川べりにある宿場町であり、渡し舟を「待つ里」から「まつど」に転じたとも考えられる。

行政区域の変遷

現在の松戸市は1943年に新設合併で誕生したものである。それ以前の松戸町については当該項目を参照。

歴代市長

(+印は在職中死去)









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