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松尾 貴史
松尾貴史の画像
| 芸名 | 松尾 貴史 |
| 芸名フリガナ | マツオ タカシ |
| 性別 | 男性 |
| 生年月日 | 1960/05/11 |
| 星座 | おうし座 |
| 干支 | 子年 |
| 出身地 | 兵庫県 |
| URL | http://www.furutachi-project.co.jp/profile/talent_03.shtml |
| デビュー年 | 1984 |
| プロフィール | 大阪芸術大学を卒業後、1984年、「キッチュ」の名でデビュー。1989年4月より「松尾貴史」に改名。TV・ラジオはもとより、映画・舞台、イベント、エッセイ、イラスト、折り紙等、幅広い分野で活躍。また京都造形芸術大学にて、映画学科客員教授も務める。 |
| 代表作品1 | YTV『情報ライブ ミヤネ屋』 |
| 代表作品2 | NHKラジオ『トーキング・ウィズ 松尾堂』 |
| 代表作品3 | 雑誌『Numero TOKYO「今月のシネマ」』 |
| 職種 | タレント・俳優・女優/話す仕事/文化人 |
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映画監督・出演者情報 |
ウィキペディア |
松尾貴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/25 13:02 UTC 版)
| まつお たかし 松尾 貴史 |
|
| 別名 | キッチュ |
|---|---|
| 生年月日 | 1960年5月11日(51歳) |
| 出生地 | |
| 血液型 | B型 |
| 職業 | タレント・ナレーター・DJ・俳優・コラムニスト |
| 活動期間 | 1981年 - |
| 主な作品 | |
| ちりとてちん | |
松尾 貴史(まつお たかし、1960年5月11日 - )は、兵庫県神戸市出身のタレント、ナレーター、DJ、俳優、コラムニスト、折り紙作家。本名:岸邦浩。愛称及びデビュー当初から使っている別芸名は「キッチュ(kitsch)」で、この名義は現在でも使っており、改名したわけではない[1]。
所属事務所は古舘プロジェクト。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科グラフィック・デザイン専攻卒業。演劇ユニット・AGAPE storeの座長。京都造形芸術大学芸術学部映画学科客員教授、血液型はB型、星座は牡牛座。
目次 |
人物
- 別芸名の「キッチュ(kitsch)」は、元はドイツ語の美術用語で、「まがいもの・粗悪品・俗悪趣味」などを意味する。現在でも、小劇場の役者や、関西出身の先輩芸人・タレント、原田芳雄や立川談志など、古い知人からは「キッチュ」と呼ばれている。このため、概ね80年代以前の生まれの者には、現在でも別芸名のキッチュの名の方も通用する場合が多い[2]。
- 自分のことを”放送タレント"と名乗る。「“タレント”と言われても何やっている人かわからないから…」と2007年11月19日放送のNHKスタジオパークで語っている。
- 大阪で仕事する時やドラマで関西を舞台にした作品に出演する時、関西出身の人物を演じる時、関西出身の芸人・タレントと共演する時は関西弁で話しているが、特に意識してのことではないらしい。
- 落語家の春風亭昇太、奇術師のパルト小石、モンティ・パイソン研究で知られるコメディライターの須田泰成らと、東京都世田谷区でバーを共同経営している。バーに通っている安斎肇は、「カレーがうまい」と語っている。また、同区の下北沢駅付近で、カレー店のオーナーも務めている。
- 超常現象・オカルト懐疑論者でもある。『たけしのTVタックル』(テレビ朝日系列)が政治主体になる前には、大槻義彦、野坂昭如と共に「超能力バスターズ」として出演して、肯定論者と激論を交わしたこともある。また、超常現象を科学的・批判的に研究する団体、Japan Skepticsの運営委員である。中学生時代はオカルト狂であり、中岡俊哉に写真を送付し心霊写真証明書をもらったり、タロットに嵌ったりしていたという[3]。
- 落語にも造詣が深く、落語家とも親交があり、特に桂吉朝とは舞台でも共演していた。大学時代には、桂枝雀入門志願に行ったことがあり、タレント活動の傍ら、現在でも年に数回、高座にもあがることがある。
- 『クイズ!ヘキサゴンII』では1位を取るほど優秀な成績である。2007年7月11日放送分の高木美保、2008年3月26日放送分の山本モナ、山根良顕(アンガールズ)に負けた以外は、出演した全ての回で1位になっている。1度も第1解答者から外れないという記録を5回以上の常連の麻木久仁子、宮川俊二、矢部太郎、水野裕子と共に所持している。
- いわゆるロス疑惑で話題の渦中にいた三浦和義から、「私のまねするんだったら、ロイヤリティ払いなさい!」と苦情が来たことがあるが、直後に三浦が逮捕されたため、払っていない。
- 『タモリ倶楽部』には、鉄道関連や趣味性の強い企画などに、20年以上、毎年頻繁に出演している。
- 折り紙の作家でもあり、自身の命名による「折り顔」(主に、不切正方形一枚折りによる人物の顔の造形)にかけては異彩を放っており、不定期に個展や展覧会なども開催している。
略歴
- 1981年、イラストレーター佐々木侃司のアニメーション作品にオノマトペによる吹き替えで出演。
- 1982年、脚本家の依田義賢の勧めで、ギャグ・パフォーマンスのカセットテープを制作、録音をして配り歩く(現在は、ガラス工芸作家の新名義一と共同制作)。「劇団120パーセント」の舞台ナレーションや、学生バンドのコンサートの司会などの地道な活動を続ける。
- 1983年、母校の大阪芸大基礎造形研究室に、非常勤職員として勤務。夜は、北新地のディスコ「クレオ・パラッツィ」でDJ見習いを勤めるもものにならず、スプーン曲げショウタイムのようなことばかりやり続ける。FM大阪主催フィルムコンサートのラジオCM出演料の8,000円に味をしめる。グリコ・森永事件のさなかに、かい人21面相対策で制作された、江崎グリコのイメージアップ用テレビCMナレーションを録音したこともある。プレゼンテーションで没になる。
- 1984年、「クレオ・パラッツィ」店内でスカウトされ、大滝エージェンシーに所属。事務所が、前述のテープをニッポン放送へ送ったことから、夜の9時から10時までの帯番組をいきなり1人でやらされて途方に暮れる。それを機に、テレビ番組『ザ・テレビ演芸』で「キッチュ」(Kitsch) の芸名でタレント活動を開始(当初、勝ち抜きコーナーに出演した際には本名でチャレンジしている)。『お笑いスター誕生!!』のサバイバルシリーズにもチャレンジしたが、2回戦で敗退。約5年間、東京と大阪の二重生活を送る。中島らもの公開イベントで共演する事になり、緊張のあまり萎縮していた中島がキッチュに「気違い」の話題を持ちかけ盛り上がり、中島との酒席において無礼で横柄な芸人に絡まれていたキッチュを中島が包皮に明細書を吸着させて支払いを迫るなどの行為で退散させ「この人に一生付いて行こう」と感動。中島の自宅や職場周辺を付きまとい「薫陶」を受け、後、1986年、中島らも主宰の劇団「笑殺軍団リリパットアーミー」の旗揚げに参加し、同劇団に、約4年間在籍。東京では、作家の北吉洋一の自宅に「猫の世話をすること」を条件に半・居候をしながら、放送局から支給される宿泊費を浮かせて、当時の事務所に貢献。
- 1989年 元日付けで株式会社古舘プロジェクトに移籍。4月3日、芸名として「松尾貴史」を追加、メインの表記も改める。他のラジオ番組[4]では「『トークシャワー』(フジテレビ)のレギュラーが決まった時に、報道部からキッチュという名前が難色を示されて変えることになった」とのこと。「タモリ、たけし、さんま、三枝、萩本欽一のようにあ段で始まる名前がいい」と言った所、古舘プロジェクトの当時の社長が「自分の名前(たかし)はどうだ」と言われたといい、本人は「ウルトラQの万城目淳の『万城目』」という名前も考えていたという。同時に、活動の拠点を東京に移す。
- 1993年4月、奥野敦士、勝村政信、原田喧太、川村カオリ、BUCK-TICKの樋口豊らと、幻のバンド「ポークソテーズ」を結成。後に、中野裕通、金山一彦、芳本美代子らも加入、草月ホールでの単独コンサートも開催。楽曲「ハンバーグの作り方」は、2か月間NHK『みんなのうた』で放送される。
- 1996年、デビュー当時から信頼を寄せていた演出家G2と、ライブ「人格懐疑室」を青山円形劇場で催す。
- 1998年、G2と型や手法にとらわれないで、目先の楽しいことにとらわれる演劇ユニット「AGAPE store」を結成、年に1、2度の公演を企画、優秀なスタッフ陣と、充実した客演の役者たちに救われ続ける。
- 2002年、正式にリリパット・アーミーを退団。
- 2003年、コメディライターの須田泰成と、愛と平和のコメディ・クリエーティブ・ファクトリー、「大日本生ゲノム」社を設立。
- 2004年、テレビやラジオ、映画、舞台、イベント、エッセイ、イラスト、折り紙、超常現象の批判的愛好など、幅広い活動を続ける。
- 2006年、小松左京原作の映画『日本沈没』(リメイク版)と筒井康隆によるそのパロディ小説原作の映画『日本以外全部沈没』の両方に出演した。
- 2007年、上方落語を題材にしたNHKの朝の連続ドラマ『ちりとてちん』に、上方落語を愛してやまぬ落語ファンの理髪店主「磯七」役で出演。
- 2008年、京都造形芸術大学の准教授に就任[5]。映画学科で演技の指導などを担当する。
- 2009年、下北沢に、カレーショップ「般゜若(パンニャ)」をオープンさせる。
- 2010年、京都造形芸術大学の客員教授に就任。
- 2010年、前出の須田泰成と、ウェブ広告などを廉価で製作する「株式会社スローコメディ広告社」社を設立。
- 2012年、大阪市福島区に、カレーショップ「般゜若(パンニャ)」の二店舗目をオープンさせる。
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- ^ 2010年2月17日付のtwitter発言による。
- ^ 本人曰く、沢田研二の愛称「ジュリー」と同じと冗談めかしている。
- ^ 自著『なぜ宇宙人は地球に来ない? 笑う超常現象入門』による。
- ^ 『デーモン小暮のオールナイトニッポン』1990年4月16日深夜ゲスト出演時の本人のトークより。
- ^ 松尾貴史 『なぜ宇宙人は地球に来ない? 笑う超常現象入門』 PHP研究所〈PHP新書〉、2009年6月1日、第1版第2刷、364ページ。ISBN 978-4-569-70645-0。
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