東浩紀とは?

東浩紀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/04 03:36 UTC 版)

東 浩紀(あずま ひろき、1971年(昭和46年)5月9日 - )は、日本批評家小説家哲学者[4]。学位は博士(学術)東京大学1999年)。ゲンロン代表取締役社長編集長




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  1. ^ 本項「哲学」の節を参照されたい。
  2. ^ 東浩紀Twitter22:41 - 2013年11月13日
  3. ^ 本項「哲学」の節を参照されたい。
  4. ^ 著書(『一般意志2.0』、講談社、2011年など)に出版社が記す著者紹介等では「哲学者」の肩書が記されていることがあるが、その肩書きが大学研究者に独占されており、東浩紀自身は(大学教授も務めたこともあるが基本的に)在野であること、そして自身をそう呼びたくない人(分析哲学者など)の存在も念頭におき、東は他者から「哲学者」と呼ばれなくても構わない、という旨を述べたことがある。東浩紀Twitter2011年3月17日東浩紀Twitter2010年2月4日など。
  5. ^ 『at プラス』03、太田出版、2010、2、西山雄二との対談「アナクロニックな時間のつくり方 人文知の継承のために」p65参照
  6. ^ 東浩紀Twitter2011年12月21日
  7. ^ 東浩紀Twitter13:29 - 2014年2月26日
  8. ^ 論文題目『存在論的、郵便的:後期ジャック・デリダの思想と精神分析』[1]
  9. ^ 浅田彰は、「東浩紀は『存在論的、郵便的』というシャープなデリダ論において、この時期(『グラ』1974・『葉書』など)を中期と呼び、その中期のテクストにデリダの可能性の中心を見ていますが、それには僕もおおむね賛成」と述べている。(「Re-membering Jacques Derrida」『新潮』2005年2月号「小特集=ジャック・デリダ」参照。)東は、「意図しない妊娠・その結果生まれた子・誤配」をデリダの言う「散種」である、として見出し、ラカンの「ファルス」と対置する。ラカン「ファルス」とデリダ「散種」の「対決」、及び浅田と東の「郵便」「散種」の捉え方の差異については、浅田彰ラカンアルチュセールデリダジジェクの『汝の症候を楽しめ』をきっかけに」及び「「投壜通信」について」参照。また浅田は「誤解や誤配は「情報一般に伴う条件」だから不可避だし、それでいいのだ、と言い切ってしまうとすれば、それは安易な居直りでしかないでしょう。(デリダに即して言えば、徹底的に正確に読もうとするにもかかわらず、いやむしろそれゆえにこそ、どうしてもズレが生じてしまう、簡単に言えばそういった問題を考えているのであって、安易なコピーが氾濫しオリジナルが雲散霧消していくのが「情報一般に伴う条件」としての「散種」だ、というようなことを言っているのではありません。」とも述べている[2]
  10. ^ 「哲学研究者 東浩紀さん(表紙の人 坂田栄一郎のオフカメラ)」AERA 1999.10.4参照。1年後には2万部に達した。「[21世紀クリエーター](5)哲学研究家・東浩紀さん」読売新聞夕刊2000.09.29参照。またそこでは「学問の輸入業者になる気はない」「勝負はこの十年」とも述べている。
  11. ^ この帯の元の文章の全文は以下の通り。「東浩紀との出会いは新鮮な驚きだった。もちろん私の世代の「ポストモダン知識人」もサブカルチャーに興味をみせはしたが、それはまだハイカルチャーとサブカルチャーの垣根を崩すためのジェスチャーである場合が多く、サブカルチャーに本気で情熱を傾けるようなことはなかったと思う。20歳代半ばも超えて、自室にアニメのポスターを張り、アニメ監督(註:庵野秀明である)に同一化して髭までのばしたりするような人間 - ハイカルチャーが崩壊し尽した後の徹底した文化的貧困の中に生まれた正真正銘の「おたく」が、それにもかかわらず、自分では話せないフランス語のテクストと執拗に格闘し、しかも読者に本気でものを考えさせるような論文を書く。それはやはり驚きであり、その驚きとともに私は「構造と力」がとうとう完全に過去のものとなったことを認めたのである。この「おたく哲学」が「哲学おたく」とはまったく非なるものであることは、東浩紀の今後の活躍が証明していくことになるだろう。」(『批評空間』II-18編集後記1998)
  12. ^ 「僕にとってはデリダもアニメも同じサブカルチャーなんです。普通の人の意識のなかで、その二つの世界が分断されているから、意外な感じがするんでしょう。でも、論壇誌だってアニメだって僕にとっては同等」と述べる。「哲学研究者 東浩紀さん(表紙の人 坂田栄一郎のオフカメラ)」『AERA』1999.10.4参照。また、「僕の評論は一種のエミュレーション」「デリダ論もそうだったんだけど、背景となる知識や大前提がなくても、ある題材が与えられれば、その内部で整合的に話が繋がるように読み方を捏造するというか、そういう感覚がある」と述べる。『リアルのゆくえ』p39参照。
  13. ^ 東の、ラカンのターム「象徴界」の用い方ー例えば現在の文化状況をさして「象徴界が機能していない」としたりするーについては、精神科医斎藤環などからの、トポロジカルな関係であり、実体化できない三界(象徴界・想像界・現実界)の区分に関する、「ラカンの誤読」であり「誤り」である、という指摘がある。『戦闘美少女の精神分析』pp40-41参照。もっとも斎藤は、この本の出版以降、東が主催したメールマガジン『波状言論』に、当時、東の招待で友好的に参加していた。『波状言論』でも二人は,「戦闘美少女」や「おたく」についてML上で交わした議論を公開していたhttp://www.hirokiazuma.com/project/ml-reviews/sentoindex.html(インターネットアーカイブ。 また、斎藤は『メディアは存在しない』(NTT出版2007)1章においても、同様の指摘をし、東の情報技術メディア論を「内破主義」であるとして、かなりの疑問を呈している(本書の一貫したモチーフである)。とはいえ、この書物の末尾には東も鼎談相手として登場する。
  14. ^ 東は「2000年代の日本の最大の文化的発明はWiiでもケータイでもなくて2ちゃんねる」と発言している。また「小松左京先生は戦争がなければSFにいかなかったと発言されましたが、東さんは「これ」がなければ現代思想にいかなかったものはありますか?」という質問に対し、「作家名なら、小松左京新井素子押井守。これはまじです。そして彼らがもともとベースなので、現代思想からも外れるのだと思う。」とも述べる。また「東浩紀先生の前期(郵便本)と後期(動物本以降)の仕事の乖離を結びつける試みについてどう思われますか?」という質問に対し、「オレ的には乖離してない」とも述べている東浩紀 2ちゃんねる東スレ発言記録(2008.2)。最近の「オタク」的嗜好は、以下の動画[3]を参照。そこでは高橋留美子展にあわせ、過去在籍した「うる星やつら」ファンクラブ会員証を披露した。もっとも「僕は基本的にオタクは好きじゃない、オタクという集団は好きじゃないが、やはり秋葉原へ行くとこの人たちが僕を支えているという実感がある。彼らの代表者としての論壇のポジションがある」と述べている。宇野常寛との決断主義トークラジオ(2008. 2.9)参照[4]。しかし同時に宇野常寛に「二次元になりたいと思ったことないだろ?俺はあるよ」とも述べる。また東自身も「ゲーム的リアリズムの誕生」で論じた「コンテンツ」より「コミュニケーション優位」、「二次製作優位」のネットメディアに身をさらしている[5]。また2008年ゼロアカインタビューでは[6]、「批評は一回ゼロ地点に戻るしかない。文学の「全体性」を回復したい。僕は日本文学史を引き受けている。僕は柄谷行人浅田彰の弟子であって、僕がやるしかない。俺が放棄したらどうなるの?正確に言うと文学でなく文学的想像力の全体性について考えたい。それは純文学でもライトノベルでもケータイ小説でもない。そんなのは全部サブジャンルだ」と述べている。同時に「世界がうまくいくように、なんてことは何も考えていない」とも述べる。
  15. ^ 「スーパーフラットで思弁する」『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)収録
  16. ^ これには、浅田彰[7]斉藤環からの批判[8]がある。
  17. ^ 東はセカイ系の先駆のひとつとして、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』をあげている。「波状言論」10-a号 上遠野浩平インタビュー「ブギーポップの彼方に視えたもの」後編、2004年参照。また柄谷行人の数少ない村上春樹論としては、「村上春樹の「風景」」(『終焉をめぐって』収録 ・講談社学術文庫1995)がある。
  18. ^ 『文学環境論集 東浩紀コレクションL』pp508-521参照。柄谷行人からの応答として、[9]がある。
  19. ^ 「それはそれで面白い物語ではあるものの、それが極めて強くバイアスのかかったヘーゲル的な物語だということは、言っておかなければならない」という浅田彰の指摘がある。「「現在」を考える:こどもたちに語るモダン/ポストモダン」(岡崎乾二郎との公開トークショー)、『InterCommunication』no.58、2006年参照。
  20. ^ 2008年2月には『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』の仏訳版が、フランスHachette社から『Génération Otaku : Les enfants de la postmodernité 』(「オタクジェネレーションーポストモダンのこどもたち」)として出版された。この出版をきっかけとして、3月には、フランスのエコールノルマルパリ日本文化会館などで講演を行った[10]
  21. ^ 東浩紀 『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』 講談社、2001年、192頁。ISBN 978-4061495753
  22. ^ 「動物」とはアレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』の用語からとられている。「歴史の終焉」後の人間のありかたをさす。浅田彰は、東が依拠するコジェーブの「闘争が終わる、歴史が終わる」という「予言が全く間違っていたことは、旧ユーゴスラビア紛争から二度の湾岸戦争にいたる現代史の激動、冷戦と言う歴史の中吊りが解けたような歴史の激動を見れば、誰の目にも明らか」と指摘する。「「現在」を考える:こどもたちに語るモダン/ポストモダン」(岡崎乾二郎との公開トークショー)、『InterCommunication』no.58、2006年参照。
  23. ^ 東浩紀「なぜ『動物化するポストモダン』を書いたのか」『思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ』 日本放送出版協会、2009年、265頁。ISBN 978-4140093443
  24. ^ デジタル情報と財産権
  25. ^ 情報社会の倫理と設計についての学際的研究。Interdisciplinary Studies on Ethics and Design of Information Society
  26. ^ ised@glocom : 情報社会の倫理と設計についての学際的研究
  27. ^ 智場 :: Web site
  28. ^ 批評家とエンジニアが予測する2045年の世界--プロジェクト「ギートステイト」 - CNET Japan
  29. ^ ギートステイト - MouRa
  30. ^ GLOCOM辞任に関しては以下を参照。ただし私的所感である。http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/db5b209a6411bbaf480b97a8a43a152e 及び http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/84e1469c85ff818b60d17175b66f78a9 東の『キャラクターズ』においても、「キャラクター小説」の形で、少し触れられている。東本人の弁としては、http://www.hirokiazuma.com/archives/cat_glocom.html (インターネットアーカイブ
  31. ^ CNET Japanで製作日誌が公開されていた(2006年末に連載終了)。2ちゃんねるに東本人が、「ギートステイト」に関するスレッドを立てる[11]ポッドキャストラジオ対談を配信する[12]など、さまざまなコミュニケーションの拡張が試された。2007年1月31日より本格的に物語がスタートし、2007年8月17日をもって、連載は一時休載されている。この本編には鈴木健は多忙を理由として参加していない
  32. ^ いま、「キャラクターと日本人」を考える 東浩紀×斎藤環 (2011年04月16日)やhttp://gahalog.2chblog.jp/archives/51968003.html
  33. ^ http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20090325/1237964478
  34. ^ https://twitter.com/hazuma/status/296909409920102400
  35. ^ “批評家東浩紀さん 広島に着想「福島原発観光地化」 記憶すべき「負」の遺産”. 中国新聞. (2013年5月22日). http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20130522103229784_ja 2013年5月24日閲覧。 
  36. ^ 思想家・東浩紀が重大提言「僕は福島第一原発観光地化計画を提案します」 - 「週プレNEWS」、2012年9月4日。
  37. ^ 福島第一原発観光地化計画とはなにか 東浩紀に聞く - 津田大介公式サイト
  38. ^ 東浩紀Twitter16:44 - 2013年11月18日
  39. ^ ゲンロンカフェ
  40. ^ 2013年1月13日のTwitterにおける次の発言、hazumaTwitter及びhazumaTwitter及びhazumaTwitter及びhazumaTwitter及びhazumaTwitter
  41. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  42. ^ 東浩紀Twitter2011年12月14日
  43. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」など。
  44. ^ 東浩紀編、『日本2.0 思想地図β vol.3』、ゲンロン、2012年、310頁。
  45. ^ 東浩紀Twitter
  46. ^ a b 東浩紀Twitter2011年1月9日
  47. ^ 東浩紀Twitter2012年3月18日
  48. ^ 東浩紀Twitter2011年8月6日
  49. ^ ヒルベルトのプログラム 数学セミナー[13]
  50. ^ 東浩紀Twitter2010年5月8日
  51. ^ 東浩紀Twitter2010年8月15日
  52. ^ 東浩紀Twitter2010年5月8日
  53. ^ 東浩紀Twitter2010年5月8日
  54. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  55. ^ 東浩紀Twitter
  56. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  57. ^ 東浩紀、「次のディケイドをはじめるために」(インタビュー)、『ユリイカ』、2010年5月号、219頁。
  58. ^ 東浩紀、國分功一郎、千葉雅也、「東浩紀の11年間と哲学」、『新潮』、2010年7月号。
  59. ^ 東浩紀Twitter2011年12月23日
  60. ^ 東浩紀Twitter2013年4月1日
  61. ^ 東浩紀Twitter2009年11月3日
  62. ^ 東浩紀Twitter22:41 - 2013年11月13日
  63. ^ 東浩紀Twitter11:35 - 2013年8月12日
  64. ^ 東浩紀Twitter11:40 - 2013年8月12日
  65. ^ 東浩紀Twitter10:53 - 2013年10月7日及び東浩紀Twitter10:54 - 2013年10月7日及び東浩紀Twitter10:56 - 2013年10月7日及び東浩紀Twitter10:57 - 2013年10月7日及び東浩紀Twitter11:11 - 2013年10月7日
  66. ^ 東浩紀Twitter11:01 - 2013年10月7日
  67. ^ 新潮』、2010年7月号、新潮社2010年、「東浩紀の11年間と哲学」。
  68. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  69. ^ 邦訳版の場合は、宇波彰、吉沢順共訳、『分裂分析的地図作成法』、紀伊國屋書店、1998年、49頁~50頁を参照されたい。
  70. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  71. ^ ゲンロンカフェにおいて東浩紀と浅田彰により行われた対談、「「フクシマ」は思想的課題になりうるか――震災後の日本を振り返る」、2014年2月、における発言より。
  72. ^ 東浩紀twitter2012年3月23日の発言より
  73. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  74. ^ 東浩紀Twitter2012年6月6日
  75. ^ 東浩紀編、『日本2.0 思想地図β vol.3』、ゲンロン、2012年。
  76. ^ 東浩紀twitter2014年7月26日
  77. ^ 2014年4月4日、ゲンロンカフェにおける鼎談、小泉義之×千葉雅也×東浩紀「サイコパスの哲学へ──欲望と暴力について」。
  78. ^ 2014年4月4日、ゲンロンカフェにおける鼎談、小泉義之×千葉雅也×東浩紀「サイコパスの哲学へ──欲望と暴力について」。
  79. ^ 東浩紀Twitter
  80. ^ 波状言論>情報自由論
  81. ^ 『情報環境論集東浩紀コレクションS』(講談社[講談社BOX]、2007年)収録
  82. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  83. ^ 「東浩紀『一般意志2.0』書評」
  84. ^ 東浩紀、『一般意志2.0』、講談社、2012年、250項。
  85. ^ 東浩紀Twitter
  86. ^ 東浩紀、『一般意志2.0』、講談社、2011年、参照。
  87. ^ Twitter2011年12月24日
  88. ^ 東浩紀、『一般意志2.0』、講談社、2011年、参照。
  89. ^ Twitter2011年12月24日
  90. ^ 東浩紀編、『震災ニッポンはどこへいく』、ゲンロン、2013年、第3章、「3.11後、哲学とは何か」。
  91. ^ ロールズ著『正義論』を参照。ロールズの政治哲学は、東が称賛するロバート・ノージックなどによって批判される思想である。
  92. ^ 東浩紀Twitter2014年7月26日
  93. ^ 東浩紀Twitter2011年1月9日
  94. ^ 東浩紀Twitter2010年2月1日
  95. ^ 東浩紀、『ゲンロン0――観光客の哲学』、ゲンロン、2017年。
  96. ^ 『弱いつながり』、幻冬舎、2014年、140頁。
  97. ^ 創設の経緯は『文学環境論集 東浩紀コレクションL journals』pp800-804参照。なお東は「いまのこの浮き足立った萌えブームやライトノベルブームのなかで、作家も編集者も、そして読者も、おおむね思考が麻痺しているように見える(・・・)。(・・・)しかし、そんな麻痺からすぐれた作品がでてくるだろうか。この国にライトノベルというジャンルが存在していること、美少女ゲーム」というジャンルが存在していることは、本当はとても奇妙なことなのだ(・・・)。(・・・)私たちにいま必要なのは、よくできたライトノベルやよくできたミステリではなく、まんが・アニメ的リアリズムを用いてしか描けない現実を極限まで追求し、その反照として私たち自身の歪さに切り込んでくる、そのような過剰さに満ちた作品だ。(・・・)私たちが「動物」であることを引き受けつつ、しかしそのなかで人間であるために策略をめぐらす作品。私たちがなぜキャラクターに感情移入するのか、その欲望の異形さを照らしだしてくれる作品。萌えやライトノベルがもてはやされているいまだからこそ、萌えやライトノベルとはなんなのか、時代に背を向けてじっくりと考えなくてはならない」
  98. ^ 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p677 また実際Key作品の美少女ゲームである、『AIR』や『CLANNAD』について論じている『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)pp666-670
  99. ^ 東浩紀Twitter2009年11月5日
  100. ^ 東浩紀、『一般意志2.0』、講談社、2011年、233~234頁
  101. ^ 東浩紀Twitter2012年5月17日
  102. ^ 東浩紀Twitter2009年12月25日
  103. ^ 東浩紀Twitter2010年5月26日
  104. ^ 東浩紀Twitter2010年5月26日
  105. ^ 東浩紀Twitter2010年5月7日
  106. ^ 東浩紀Twitter2011年2月12日
  107. ^ 東浩紀Twitter2010年10月6日
  108. ^ 東浩紀Twitter2011年7月25日
  109. ^ 東浩紀twitter2012年12月8日
  110. ^ Youtube応援演説映像
  111. ^ ニコ生思想地図 13 猪瀬直樹×東浩紀
  112. ^ 「どうなる!?首都・東京」 猪瀬直樹×東浩紀
  113. ^ 東浩紀Twitter2013年12月10日
  114. ^ http://togetter.com/li/432642/
  115. ^ 本項「活動」の節を参照。
  116. ^ ツイッターにおける憲法に関する発言の他、猪瀬直樹との対談や、ニコニコ動画における論壇時評での発言などを参照。
  117. ^ 猪瀬直樹との対談
  118. ^ 小林節氏/ 時代を画す東浩紀他「新憲法」草案 小林節氏
  119. ^ 思想・歴史 1999年受賞
  120. ^ 発表!!紀伊國屋じんぶん大賞2015 ──読者と選ぶ人文書ベスト30
  121. ^ ブクログ「第5回ブクログ大賞[2017人文書部門受賞作品は東浩紀『ゲンロン0観光客の哲学』に決定!」]
  122. ^ 東京創元社『セカイからもっと近くに』







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